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2026.08.26
【研究成果】化学シグナルの「波」に乗る細胞の集団行動を可視化 ~細胞が波を待ち、波に乗り、集合体をつくる仕組みを解明~
2026年8月26日
北海道大学
徳島大学
東京大学
大阪大学
発表のポイント
- 飢餓状態にある細胞性粘菌が化学波に同期して集団移動する様を体系的/定量的に解明。
- 一休みしていた細胞は化学波が近づくと波へ向かう「サーファー」に似た行動を示すことを解明。
- 高密度な細胞集団、創傷治癒、心筋など波によって制御される様々な生命現象への応用に期待。
概要
北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学電子科学研究所の小松崎民樹教授らの研究グループは、徳島大学先端研究推進センターの堀川一樹教授、東京大学大学院総合文化研究科の澤井 哲教授、大阪大学産業科学研究所の永井健治教授らとの共同研究により、細胞性粘菌キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)が飢餓状態で形成する化学シグナル(cyclic-AMP、cAMPと略記)の波と細胞集団の運動との関係を新しい画像解析技術によって明らかにしました。この生物は、餌がなくなると単独で動いていた細胞が互いに「cAMP」と呼ばれる化学物質を送り合いながら集まり、一つの個体のように行動します。しかし、個々の細胞がこの波にどのように反応して集団運動へ移るのか、その長期間にわたる過程は、これまで断片的にしか分かっていませんでした。
研究グループは、蛍光タイムラプス画像*1にぼかし処理を施し、粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry:PIV)*2とウェーブレット解析*3を組み合わせることで、細胞レベルでの運動と化学波(=化学シグナルの波)の濃度勾配や運動を同時に解析する新しい手法を開発しました。ぼかさない画像からは細胞一つ一つのレベルの動きが、強くぼかした画像からは化学波の動きが取り出せることを発見しました。その結果、細胞は化学波に受動的に運ばれるのではなく、波が近づくタイミングを見計らって波の進行方向へ向かって(濃度勾配を感じて)運動し、波が通り過ぎた後は向かうべき方向を見失って休むような状態になることを初めて体系的にかつ定量的に示しました。この振る舞いは、次に来る波へ向かって漕ぎ出し、波に乗った後は次の波を待つサーファーの行動によく似ています。
本研究は、独立した細胞性粘菌が協調的な集団へと移行する長期的な過程を定量的に捉えた初めての成果であり、傷の治癒、免疫細胞の集合、発生、生物の集団形成など、多くの生命現象を理解する新しい解析技術として期待されます。
なお、本研究成果は、2026年8月24日(月)公開のScientific Reports誌にオンライン掲載されました。
【背景】
私たちの体では、多くの細胞が協力しながら同じ方向へ移動します。このような集団運動は、傷を治したり、免疫細胞が感染部位へ集まったり、体をつくる発生過程などで重要な役割を果たしています。こうした現象では、細胞は周囲に放出された化学物質を感じ取り、その濃度の変化を頼りに進む方向を決めています。しかし、高密度な細胞集団の中で、細胞一つ一つの動きと、集団全体に広がる化学波(=化学シグナルの波)を同時に測定・定量比較することは難しく、集団運動がどのように始まるのかは長年の課題でした。従来法では個々の細胞を追跡する必要があり、細胞密度が高くなると解析精度が大きく低下するという課題がありました。
【研究手法】
研究グループは、蛍光タイムラプス画像に対してガウシアンぼかし*4処理を施すことで、解析する空間スケールを自由に変化させる新しい画像解析法を開発しました。ぼかさない画像では細胞一つ一つの動きが強調され、逆に大きくぼかすと個々の細胞は見えなくなり、集団全体に伝わる化学波だけが見えるようになります(図1)。さらに、流体解析で広く使われるParticle Image Velocimetry(PIV)という画像解析法を応用し、それぞれの画像から速度ベクトル場を求めました。これにより、「細胞がどちらへ動いているか」と「化学シグナルがどちらへ伝わっているか」を同じ方法で定量的に比較できるようになりました。
【研究成果】
解析の結果、細胞の動きと化学波(の位相)には明確な規則があることが分かりました。化学波が近づくと、細胞は波の進行方向に向かって活発かつ協調的に移動します。一方、波が通り過ぎても細胞はすぐには向きを変えませんが、しばらくすると徐々に方向性を失って弱くかつランダムな動きになります。このことは、細胞が単純に化学濃度の高い場所へ向かうのではなく、「近づいてくる波」に合わせて能動的に運動することを示しています。
この様子は、海の波が来るとサーファーが波に乗って進み、波が過ぎると一度止まる様子によく似ていることから、研究グループはこの現象を「細胞集団のサーフィン(collective surfing)」と表現しました。
また、本手法は個々の細胞追跡を必要としないため、従来解析が困難だった高密度な細胞集団にも適用できることを示しました。
【今後への期待】
今回開発した解析法は、細胞レベルの運動と細胞集団全体に広がる情報伝達を同時に解析できる新しい手法です。社会性アメーバ(細胞性粘菌)だけでなく、免疫細胞の集合、傷の修復、発生、生物の形づくり、さらにはがん細胞の集団運動など、様々な生命現象への応用が期待されます。また、「独立した細胞がどのように協調的な集団へ移行するのか」という生命科学の基本原理を理解するための新しい解析手法として、発生生物学や医学、生物物理学など幅広い分野への展開が期待されます。
【謝辞】
本研究成果は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究提案型)「シンギュラリティ生物学(No.8007)」(JP18H05413(小松崎民樹)、JP18H05410(永井健治)、JP18H05415(堀川一樹)、JP19H05416(澤井 哲)、MEXT、JST戦略的創造研究推進事業 JPMJCR1662、JPMJCR2333(小松崎民樹)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A) JP23H00384(澤井 哲)、 (B) JP25K02232(小松崎民樹)、挑戦的萌芽研究 JP22654047、JP25610105(戸田幹人)、学術変革領域(A) JP25H01363(澤井 哲)、及び北海道大学、東北大学、東京工業大学(現・東京科学大学)、大阪大学、九州大学の5附置研究所のネットワーク型による文部科学省・物質・デバイス領域共同研究拠点「人・環境・物質を架橋するオープンイノベーションのためのダイナミックアライアンス」研究プログラム(20191062-01(堀川一樹)、CORE2-A 2022C004(小松崎民樹、永井健治))の支援の下で実施されました。
論文情報
論文名:Collective surfing of single cells on a chemo-attractant wave using multiscale Eulerian velocity vector field(マルチスケール・オイラー速度ベクトル場を用いた化学誘引物質波上をサーフィンする単一細胞レベルの集団挙動)
著者名:Sulimon Sattari 1、Md. Motaleb Hossain 2、Udoy S. Basak 3,4、戸田幹人1,5,6、永井健治7,8、澤井 哲9、堀川一樹10、小松崎民樹1,8,11(1北海道大学電子科学研究所、2ダッカ大学数学科、3マックスプランク動物行動研究所協同行動研究科、4パブナ工科大学、5兵庫県立大学大学院情報科学研究科、6神奈川大学工学部、7大阪大学産業科学研究所、8大阪大学先導的学際研究機構、9東京大学大学院総合文化研究科、10徳島大学先端研究推進センター、11北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD))
雑誌名:Scientific Reports(自然科学の専門誌)
DOI:10.1038/s41598-026-61774-2
公表日:2026年8月24日(月)(オンライン公開)
【参考図】
【用語解説】
*1 蛍光タイムラプス画像 ... 細胞などの動きを光らせながら時間を追って観察する方法。細胞の中の特定の物質に蛍光を出す目印をつけ、一定の時間間隔で何枚も撮像し、それらを動画のようにつなげることで、細胞が動く様子をリアルタイムに近い形で見ることができる。
*2 粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry:PIV) ... 画像中の模様の動きを解析し、「どちらへ」「どれくらいの速さで」動いているかを矢印で表す画像解析技術。もともとは水や空気の流れを調べるために開発されたが、本研究では細胞集団や化学波の動きを調べるために応用した。これにより、細胞と化学シグナルの運動を同じ基準で比較可能となった。
*3 ウェーブレット解析 ... 時間とともに変化するデータの中から、「波」がいつ現れ、どのように変化するかを調べる解析手法。音楽のリズムを聞き分けるように、複雑なデータの中から周期的な変化だけを取り出すことができる。本研究では、化学波が「立ち上がり」「頂点」「通過後」のどの段階にあるのか(=位相)を正確に判定するのに利用。
*4 ガウシアンぼかし ... 画像をガウス分布状にわざとぼかす画像処理のこと。ぼかしを弱くすると一つ一つの細胞の動きが見え、ぼかしを強くすると細胞の細かな動きは見えにくくなる一方で、集団全体の大きな流れが浮かび上がる。例えば、近くの木々ではなく、森全体の形を見るために少し離れて眺めるようなイメージ。本研究では、この性質を利用して細胞の動きと化学波を一つの画像から取り出した。

