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2026.09.04
【研究成果】テラヘルツ光がガラスを通りにくくなる現象を説明するモデルを構築
2026年9月4日
筑波大学
東京大学
大阪大学
立命館大学
発表のポイント
携帯電話などに使われるギガヘルツ帯の電磁波はガラスを透過しますが、テラヘルツ帯では、ある周波数を超えると透過しにくくなります。本研究では、この現象を説明するための、ガラス内部の弾性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを考慮した新しいモデルを構築しました。
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携帯電話などに使われるギガヘルツ(GHz)帯の電磁波はガラスを透過しますが、テラヘルツ(THz)帯では、ある特定の周波数域を超えると透過しにくくなります。しかし、このような透過率低下を、ガラス内部の不規則な原子・分子運動と結びつけて説明するモデルは、これまでありませんでした。 本研究では、テラヘルツ帯の電磁波(テラヘルツ光)とガラス内部の振動がどのように結びつくかを説明するための、ガラス内部における弾性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを取り入れた新しい連続体モデルを構築しました。 このモデルをグリセロールガラスに適用したところ、テラヘルツ帯の誘電率と誘電損失を同時に再現することに成功しました。また、その誘電応答を主に担うのが、ガラス内部の横波的なせん断ダイナミクス(構造の変化や動き)であることを示しました。 本成果は、テラヘルツ光の吸収とガラス内部の電荷のゆらぎを、物質固有の力学情報に基づいて定量的に結びつける枠組みであり、低誘電率・低誘電損失ガラスの評価と設計への展開が期待されます。 |
研究代表者
筑波大学 数理物質系 物質工学域
森 龍也 助教
東京大学 大学院総合文化研究科
水野 英如 助教
大阪大学 先導的学際研究機構
藤井 康裕 特任准教授(常勤)
立命館大学 理工学部 物理科学科
是枝 聡肇 教授
研究の背景
携帯電話などに使われるギガヘルツ(GHz)帯の電磁波は、一般的な窓ガラスを比較的よく通ります。ところが、より周波数の高いテラヘルツ(THz)帯(電波と赤外光の間に位置する領域)の電磁波(テラヘルツ光)注1)は、ガラスを通りにくくなります。つまり、GHz帯の電波を通す窓ガラスが、テラヘルツ光には不透明になるのです。
多くのガラスでは、このような電磁波の透過率減少が、「ボゾンピーク注2)」と呼ばれる特定の周波数域から顕著になります。ボゾンピークは、ガラスに普遍的に現れる過剰な低周波振動で、シリカガラスでは、約1 THzのボゾンピーク周波数域から透過率が大きく低下します(図1)。テラヘルツ光は次世代の超高速無線通信やセンシングへの利用が期待されており、この透過率低下の仕組みを理解することは、低誘電率・低誘電損失の窓材や基板材料の開発に重要です。
物質の誘電応答は、複素誘電関数注3)で表されます。その実部は電場に対する分極の応答を、虚部は光の吸収に対応するエネルギー損失を表します。ところが、ガラスのテラヘルツ誘電応答は、ボゾンピークより低周波側では共鳴振動に近い振る舞いを示す一方、高周波側では幅広い緩和応答に近づきます。従来のモデルはこれらのいずれかの挙動のみを扱っており、周波数帯の変化に伴う「共鳴型から緩和型へのクロスオーバー」を表すことはできませんでした。
このクロスオーバーを理解するには、ガラスがどのように振動するかという力学情報と、テラヘルツ光がその振動とどのように結びつくかを一つの枠組みで扱い、誘電率と誘電損失を同時に説明するモデルを確立する必要があります。
研究内容と成果
本研究では、ガラスを巨視的には連続体として扱いながら、内部に存在する弾性の不均一性と原子・分子スケールで生じる電荷のゆらぎを考慮したモデルを構築しました。外部からテラヘルツ電場を加えると、場所ごとに異なる電荷のゆらぎを介してガラスに力が加わります。一方、振動の伝わり方と減衰は、周波数依存の複素せん断弾性率注4)によって表しました。これにより、テラヘルツ光、電荷のゆらぎ、ガラス内部のせん断ダイナミクス(構造の変化や動き)を一つの運動方程式と誘電応答の式で結んだモデルを構築しました。
次に、構築したモデルを、ガラス研究分野で代表的なガラスの一つであるグリセロールガラスに対して適用しました。その結果、0.3~2.5 THzの範囲で、テラヘルツ時間領域分光注5)で得られた複素誘電関数の実部 ε′(ν) と虚部 ε″(ν) を同時に良く再現しました(図2)。特に、ボゾンピーク周波数の前後で、低周波側の共鳴型応答から高周波側の幅広い緩和型応答へ移る特徴を、一つのモデルで表すことができました。
モデルの誘電応答を縦波成分と横波成分に分解したところ、ボゾンピーク近傍では、実部・虚部ともに横波成分がほぼ全体を支配し、縦波成分は比較的小さいことが分かりました。これは、ガラスのテラヘルツ誘電応答において、せん断に関係する横波的な集団運動が中心的な役割を担うことを示しています。
さらに、同じ複素せん断弾性率から振動状態密度を計算し、モデルの誘電損失から光吸収を求めることで、赤外光が各振動とどの程度強く結びつくかを表す「赤外光振動結合係数」を評価したところ、グリセロールのボゾンピーク近傍で実験的に観測される、ほぼ直線的な周波数依存性を再現しました。これは、従来広く用いられてきた定数項と周波数の二乗項からなるモデルでは捉えにくかった特徴です。
また、分子動力学計算で得た電荷相関を調べたところ、信頼できる長波長側の範囲で、モデルが仮定する電荷ゆらぎの波数依存性と整合する振る舞いが確認されました。これらの結果から、本モデルは、光学測定、振動状態密度、分子シミュレーションから得られる情報を、同一の連続体モデルの中で結びつけることに成功しました。
今後の展開
本モデルは、密度、弾性率、振動状態密度、電荷ゆらぎなど、対象物質に固有の情報を入力することで、他のガラスにも展開できます。今後、シリカガラス、酸化物ガラス、分子性ガラス、高分子ガラスなどに適用し、どのような弾性不均一性と電荷ゆらぎがテラヘルツ帯の誘電率と誘電損失を決めるのかを系統的に明らかにします。
特に、テラヘルツ通信で利用される窓材や基板材料では、電磁波をよく透過させるために、誘電率と誘電損失をともに低くする必要があります。本研究の枠組みを用いれば、組成や構造を変えたガラスについて、ボゾンピークの周波数や強度だけでなく、振動がテラヘルツ光と結びつく強さまで含めて評価できます。これにより、低誘電率・低誘電損失ガラスの材料設計指針へ発展することが期待されます。
一方、本モデルでは、電荷ゆらぎと力学的不均一性を有効量として扱っており、両者の微視的な相関を完全に導出したものではありません。そのため、原子振動モードごとの動的な電荷相関を大規模シミュレーションで解析し、連続体モデルと微視的な原子運動を接続することが必要です。
参考図
用語解説
注1)テラヘルツ光、テラヘルツ帯
テラヘルツ(THz)光はおよそ0.1~10 THzの周波数を持つ電磁波で、電波と赤外光の間に位置する。次世代の高速無線通信、非破壊検査、センシングなどへの応用が期待されている。1 THzは10¹² Hz。
注2)ボゾンピーク
ガラスやアモルファス物質に普遍的に現れる、テラヘルツ帯の過剰な振動状態。実験では、振動状態密度 g(ν) を周波数 ν の二乗で割った g(ν)/ν² にピークとして現れる。ガラスの低温熱物性、力学特性、テラヘルツ光吸収に関係するが、その微視的起源には未解明な点が残されている。
注3)複素誘電関数
交流電場に対する物質の応答を表す周波数依存の関数。実部 ε′(ν) は主として分極の応答を、虚部 ε″(ν) は電磁波の吸収に対応するエネルギー損失を表す。
注4)複素せん断弾性率
物質を横方向にずらす変形に対する応答を表す量。実部は変形を元に戻そうとする弾性的な硬さを、虚部は振動エネルギーの散逸を表す。本研究では、周波数によって変化する複素せん断弾性率を用いて、ガラス中の横波的な振動の伝搬と減衰を記述した。
注5)テラヘルツ時間領域分光
短いテラヘルツパルスの電場波形を時間領域で測定し、物質を透過する前後の変化から、屈折率や複素誘電関数を求める分光法。本研究では、代表的な有機ガラスであるグリセロールガラスの複素誘電関数を測定した。
研究資金
本研究は、JSPS 科研費(JP23H01139、JP23K25836、JP25H01519、JP22K03543、JP24K08045)、公益財団法人旭硝子財団、およびガラス産業連合会(GIC)と一般社団法人ニューガラスフォーラム(NGF)が共催するガラス基礎研究振興プログラムの支援を受けて実施されました。
論文情報
題名:Continuum model for the terahertz dielectric response of glasses(ガラスのテラヘルツ誘電応答の連続体モデル)
著者名:Tatsuya Mori, Hideyuki Mizuno, Yuzuki Motokawa, Dan Kyotani, Soo Han Oh, Yasuhiro Fujii, Akitoshi Koreeda, Shinji Kohara, and Seiji Kojima
掲載誌:Physical Review B
掲載日:2026年8月27日
DOI:10.1103/sjkh-zd6t

