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2026.09.15
【研究成果】代謝ネットワークのスケールフリー性が飢餓を防ぐ ──統計物理学による代謝モデルの解析──
2026年9月15日
東京大学
発表のポイント
- 統計物理学の手法を用いて、単純化された代謝ネットワークの数理モデルの厳密な解析を行った。
- 代謝ネットワークの普遍的な特性であるスケールフリー性が飢餓を防ぐ役割を果たしている可能性を見出した。
- 代謝ネットワークの構造とダイナミクスの関係を理解するための基本的な指針となることが期待される。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の光元亨汰助教と石原秀至准教授による研究グループは、単純化された代謝ネットワークモデルを厳密に解析することで、代謝ネットワークに普遍的に見られる構造が代謝ダイナミクスに対して重要な役割を果たしている可能性を明らかにしました。代謝ネットワークは、接続数の分布がべき乗則に従うというスケールフリー性を普遍的に示すことが知られています。しかし、スケールフリー性が代謝ダイナミクスに及ぼす影響については、数値計算等から進化的な頑健性等への寄与などの示唆は得られていたものの、包括的な理解には至っていませんでした。
本研究では、ランダム系の統計物理学(注)において開発された手法である動的平均場理論を適用することで、密なネットワーク結合を持つ単純化された代謝モデルを厳密に解析することに成功しました。スケールフリー性を持つネットワークと単なるランダム結合なネットワークを比較することで、栄養が枯渇した環境下においては、スケールフリー性が代謝ダイナミクスを促進し、飢餓を防ぐ役割を果たしている可能性を見出しました。本研究成果は、代謝ネットワークの構造とダイナミクスの関係を理解するための基本的な指針を与えるものと期待されます。
発表内容
生物を構成する最小単位である細胞の内部には、数千種の化学物質が存在しています。細胞は外部から栄養物質を取り込み、それらを含むさまざまな物質の間で化学反応を絶えず進行させています。この一連の化学反応は代謝と呼ばれ、生物は代謝によって栄養物質を分解・変換し、エネルギーや生命活動に必要な物質を作り出すことで、その生命活動を維持しています。こうした多数の化学反応は、それぞれの化学物質を点で表し、それらの間にある反応経路を線で結ぶことで、ネットワークとして表現され、総称して代謝ネットワークと呼ばれます。代謝ネットワークを構成する化学物質や反応は生物種や細胞種によって異なりますが、多くの代謝ネットワークに共通して、接続数の分布がべき乗則に従うスケールフリー性が見られます。しかし、スケールフリー性が代謝ダイナミクスにおいてどのような役割を果たしているのかは、これまで明らかになっていませんでした。
本研究では、すべての化学反応を単純化された触媒反応として表現した代謝ネットワークモデルに、ランダム系の統計物理学で開発された動的平均場理論を適用しました。これにより、ネットワークが密に接続された極限において、モデルを厳密に解析することに成功しました。特に、近年の理論的発展によって、接続数が任意の分布に従うネットワークを扱うことが可能となったため、スケールフリー性を持つネットワークと、接続数が均質なネットワークの代謝ダイナミクスを直接比較することができました。その結果、栄養が豊富な環境では、スケールフリー性が代謝活動を抑制する一方、栄養が乏しい環境では、逆に代謝活動を促進することが明らかになりました。さらに、接続数が均質なネットワークでは、栄養供給の減少に伴って、代謝が行われない飢餓状態への転移が生じるのに対し、スケールフリー性を持つネットワークでは、この転移が消失し、限られた栄養供給のもとでも代謝活動が維持されることを発見しました。この他にも、ネットワークの接続数分布と化学種の濃度分布の間にも関係性を見出し、スケールフリー性を持つ、すなわち接続数分布がべき分布の場合には、化学種もまたべき分布を示すことがわかりました。今回の成果は、代謝ネットワークの構造とダイナミクスの関係を理解するための基本的な指針を与えるものといえます。
本研究で得られた結果が現実の代謝ネットワークに対してどこまで当てはまるのかについては、今後さらに検証する必要があります。例えば本研究では、ネットワークが密に接続された極限を解析しましたが、現実の代謝ネットワークは一般に疎であることが知られています。また、個々の化学反応についても大幅な単純化を行っています。これらは、複雑な代謝ネットワークに理論的にアプローチし、その基本的な性質を明らかにするために導入した理想化です。その一方で、こうした理想化によって、スケールフリー性そのものが代謝ダイナミクスにもたらす効果を理論的に切り分けて調べることが可能になりました。実験によって、スケールフリー性を持つネットワークと持たないネットワークの代謝ダイナミクスを、条件を揃えて比較することは容易ではありません。本研究は、理論モデルを用いることでこの比較を可能にし、ネットワークのスケールフリー性そのものが代謝ダイナミクスに及ぼす影響を明らかにした点に意義があります。
〇関連情報:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.90.088102
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科
光元 亨汰 助教
石原 秀至 准教授
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
題名:Starvation suppression in dense scale-free metabolic networks: Dynamical mean-field analysis of catalytic reaction networks(9月10日公開)
著者名:Kota Mitsumoto and Shuji Ishihara
DOI:10.1073/pnas.2614238123
URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2614238123
研究助成
本研究は、科研費「若手研究(課題番号:25K17354)」、「基盤研究(B)(課題番号:24K00594)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:24H01931)」の支援により実施されました。
用語解説
(注)ランダム系の統計物理学
物質中の不純物や乱れた相互作用がもたらす物理現象を、理論物理学の手法の一つである統計力学を用いて解明する分野。代表例として、乱れた相互作用を持つ磁性体であるスピングラスなどが対象となるが、生態学や情報科学等、様々な分野に応用されている。

