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最終更新日:2026.09.17

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トピックス 2026.09.17

【研究成果】分子混雑によるDNA液滴の自己組織化パターン形成に成功 ──細胞内の「混み合い」が、生体高分子凝縮体液滴の性質を制御──

2026年9月17日
東京科学大学
東京大学大学院総合文化研究科

発表のポイント

  • DNAナノ構造を凝縮させたDNA液滴を生成し、細胞を模した分子混雑環境を実現
  • 分子混雑環境がDNA液滴の熱安定性を高め、規則的な自己組織化を促進
  • 自己組織化パターンによる高度な人工細胞組織や分子コンピュータネットワークへの応用に期待

概要

 東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 化学生命科学研究所の瀧ノ上正浩教授、同大学 生命理工学院 生命理工学系の吉田直樹大学院生(研究当時)、東京大学 大学院総合文化研究科の庄野真由博士研究員、同志社大学 生命医科学部の吉川研一客員教授らの研究グループは、細胞内のような「混み合った」環境を模倣することで、人工的に合成したDNAナノ構造を凝縮させたDNA液滴(用語1)を安定化させ、複数の液滴が規則正しく並ぶ自己組織化パターンをつくり出すことに成功しました。

 生きた細胞の中は、タンパク質やRNAなどの生体高分子で混み合っており、この高分子混雑(高分子クラウディング、用語2)の環境が、細胞内の生体分子凝縮体(生体分子コアセルベート、用語3)の性質に大きな影響を与えると考えられています。しかし、高分子混雑環境が生体分子凝縮体にどのように影響するかについては十分に分かっていませんでした。 研究グループは、設計どおりに結合する人工DNA構造体であるDNAナノスター(用語4)を材料に用いDNA液滴を作製し、細胞内の混み合いを模倣する高分子であるポリエチレングリコール(PEG、用語5)を加えた際の安定性を評価しました。その結果、PEGを加えるとDNA液滴が溶けずに存在できる温度が最大で約15℃上昇することを発見しました。特に、平均分子量7.5 kDa(キロダルトン)のサイズのPEGが最も強くDNA液滴の形成を促進しました。一方、分子サイズの小さいPEGは、DNA液滴の不安定化に寄与することも分かりました。さらに、PEGを加えた混雑環境の中では、複数種類のDNA液滴が融合せずに規則的なネットワーク状のパターンを自発的につくることが明らかになりました。このパターンは、液滴の種類数やPEGの濃度などを変えることで、自在に制御できることも示されました。

 本成果は、細胞内のような高分子混雑環境が、細胞内の複雑な生体分子凝縮体の性質を決める重要な要因であるだけでなく、人工的なDNA液滴の性質を思いどおりに設計するための新しい設計条件として利用できることを示すものです。人工細胞(用語6)組織や分子コンピュータ(用語7)ネットワークのように、目的の機能に応じて自在に組み上げられる知的な微小システムの構築に向けた、新たな設計指針を与えます。

 本成果は、2026年7月27日付(現地時間)の米国化学会(American Chemical Society)刊行の科学雑誌「JACS Au」誌のオンライン版に掲載されました。

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図1 高分子混雑環境で規則的なパターン形成をするDNA液滴

●背景
 生きた細胞の中は、タンパク質、DNA、RNAなどの生体高分子でひしめき合っており、その総濃度は300〜400 mg/mLにも達するといわれています。近年、このような高分子が混み合った高分子混雑(高分子クラウディング)環境の中で、生体高分子が集まって液滴状の構造をつくる生体高分子凝縮体が、細胞内の反応を制御する重要な仕組みとして注目を集めています。生体高分子凝縮体は、特定の分子を局所的に集めて反応を促進・抑制することや、温度やpHの変化に応答する性質、内部に区画(サブコンパートメント)をつくることが知られており、これらの特徴を応用することで次世代のナノバイオテクノロジーの開発が促進されると期待されます。例えば、必要な場所・タイミングで薬剤を放出する人工細胞やそれらが集まった人工細胞組織の実現、環境に応じて形や機能を変えながら計算をする分子ロボット・コンピュータネットワーク、さらには、微小な反応場を精密に制御する診断・分析デバイスなどの実現が近づくと考えられます。

 しかし、細胞の中の混み合いの度合いが、生体高分子凝縮体の形成や性質にどう影響するのかは、これまで十分に理解されていませんでした。特に、配列を自由に設計できる人工のDNA分子からなる「DNA液滴」を使った研究の多くは、混み合いのない希薄な溶液中で行われており、細胞内に近い混み合った環境での挙動は未解明のままでした。

●研究成果
 研究グループは、粘着末端(スティッキーエンド、用語8)と呼ばれる相補的なDNA配列を介して結合する3分岐型のDNAナノスターを材料に用い、液-液相分離(用語9)という現象を利用してDNA液滴を作製しました(図1、図2a、2b)。ここで、DNA液滴の調製の際に細胞内の混み合い(クラウディング)を模倣する代表的な高分子(図2a)として知られるポリエチレングリコール(PEG)、デキストラン、フィコールを加えました。これらの高分子がDNA液滴の周囲の溶液中に存在すると、溶液中の分子の混み合いの度合いが変わります。高分子の濃度が高いほど溶液中の分子が混み合っていることになります。このような混み合いを模倣する高分子がDNA液滴を含む溶液中に存在する環境で、DNA液滴が壊れずに存在できる温度(相分離温度)を比較しました。

 その結果、高分子を加えない場合には63℃で崩壊していたDNA液滴が、PEGを加えると76℃まで、デキストランでは65℃まで、フィコールでは67℃まで安定化することが分かりました(図2c、2d)。特にPEGの効果が顕著で、中でも平均分子量7.5 kDa(キロダルトン)のサイズのPEGの添加が最も効果的にDNA液滴の形成と安定性を高めることが明らかになりました。一方、平均分子量が0.6 kや1 kと小さいPEGの添加により、逆にDNA液滴が不安定になることも見いだされました(図2c、2d)。


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図2 DNAナノスターの自己組織化によるDNA液滴の形成と高分子による安定化。(a)3分岐型のDNAナノスターによるDNA液滴の形成と溶液の混み合いを模倣する高分子。(b)顕微鏡による、高分子存在下でのDNA液滴形成の温度依存性。(c)(d)液滴形成個数の計測と高分子による違いの比較。

 さらに研究グループは、互いに結合しない(混ざり合わない)ように設計した2〜3種類のDNA液滴を混合する実験を行いました(図3a)。PEGを加えない条件ではそれぞれの液滴は独立したまま存在していましたが、溶液中のPEG濃度が高い場合、液滴同士が融合せずに接触するようになり、最終的には異なる種類の液滴が規則正しく交互に隣接する、ネットワーク状のパターンが自発的に形成されることを発見しました(図3b)。このパターンは、DNA液滴の種類数、PEGの濃度、調製の際に加える塩化ナトリウムの濃度などを変えることで、自在に制御できることも示されました。


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図3 高分子混雑環境で規則的なパターン形成をするDNA液滴。(a)互いに融合しない3種類のDNA液滴(A、B、C)。(b)PEG濃度の増加によるDNA液滴のパターン形成の顕微鏡観察画像。1、2、3はそれぞれ下の蛍光値のグラフに対応。(c)形成された3種のDNA液滴のパターンの拡大図。A、B、CのDNA液滴が規則的に並んだ状態がPEGによる混雑の効果で自発的に形成される。

●社会的インパクト
 本研究は、プログラム可能なDNA液滴という生体高分子凝縮体の単純なモデル系を用いて、細胞内での分子が混み合った環境が生体分子凝縮体の性質を左右する重要な要因であることを実証したものです。これにより、細胞の中でタンパク質やRNAがつくる複雑な凝縮体の理解を助けるとともに、混み合いの度合いを「設計パラメータ」として使うことで、目的に応じた性質を持つ人工的な微小構造をつくり出せることを示しました。

 こうした技術は、人工細胞・人工細胞組織の実現や、分子コンピュータネットワーク、診断・分析デバイスといった次世代のナノバイオテクノロジーの基盤技術となることが期待されます。

●今後の展開
 研究グループは今後、高分子によるDNA液滴の安定化やパターン形成の詳しいメカニズムをさらに解明するとともに、この仕組みをマイクロ流体デバイスなどと組み合わせることで、より複雑で機能的なパターンをつくり出し、診断用分子コンピュータデバイスや人工細胞の構築を目指しています。また、DNAだけでなく、ペプチドやタンパク質、合成高分子からなる凝縮体にも今回の設計原理を応用することで、プログラム可能なソフトマテリアルの構築に貢献したいと考えています。

●付記
 本研究は、JST ASPIRE(JPMJAP24B4)、MEXT/JSPS科研費(JP24H00070、JP25H01361、JP24KJ1076、JP23KJ2081、JP25KJ0083)、JST ALCA-Next(JPMJAN23F1)の支援を受けて実施されました。


参考文献

  1. B.-J. Jeon, D. T. Nguyen, G. R. Abraham, N. Conrad, D. K. Fygenson, and O. A. Saleh, "Salt-dependent properties of a coacervate-like, self-assembled DNA liquid," Soft Matter, 14(34), 7009-7015, 2018
  2. Y. Sato, T. Sakamoto, and M. Takinoue, "Sequence-based engineering of dynamic functions of micrometer-sized DNA droplets", Science Advances, 6 (23), eaba3471, 2020
  3. G. Fabrini, N. Farag, S. P. Nuccio, S. Li, J. M. Stewart, A. A. Tang, R. McCoy, R. M. Owens, P. W. K. Rothemund, E. Franco, M. Di Antonio, and L. Di Michele, "Co-transcriptional production of programmable RNA condensates and synthetic organelles," Nat. Nanotechnol., 19(11), 1665-1673, 2024


用語解説

(1) DNA液滴:
DNAナノスターなどの人工DNA構造体が、粘着末端を介して結合し合うことで形成される、液滴状のDNA凝縮体。

(2) 高分子混雑(高分子クラウディング):
細胞内がタンパク質などの生体高分子で高濃度に満たされ、混み合っている状態。この混み合いが生体高分子の反応や集合の仕方に影響を与えることが知られている。

(3) 生体分子凝縮体(生体分子コアセルベート):
タンパク質やDNA・RNAなどの生体高分子が、液-液相分離という現象によって集まってできる、液滴状の構造体。細胞内での反応の場を局所的につくり出す働きがあると考えられている。

(4) DNAナノスター:
配列を自由に設計できるDNAを組み合わせてつくる、分岐型の人工DNA構造体。末端同士が結合することで集合し、液滴状のDNA凝縮体(DNA液滴)を形成する。

(5) ポリエチレングリコール(PEG):
細胞内の分子の混み合った環境を模倣するために実験でよく用いられる、水に溶ける人工高分子。日常的には保湿剤やヘアスタイリング剤などにも使われている。

(6) 人工細胞:
脂質膜やDNA・タンパク質などの生体高分子・人工分子を材料として構築され、生きた細胞が持つ構造や機能の一部を人工的に再現した、細胞様の構造体。細胞の機能を理解するためのツールや、医療・診断のための材料として注目されている。

(7) 分子コンピュータ:
DNAやRNA、タンパク質などの分子そのものを情報の担い手や演算素子として用い、分子の構造変化や分子の反応を計算の基本操作として情報処理を行う計算システム。生体内で分子が情報処理をして、医療・診断をするためのシステムとして期待されている。

(8) 粘着末端(スティッキーエンド):
DNAナノスターの末端にある、特定の相手のDNAナノスターとだけ結合する一本鎖の配列部分。結合しない粘着末端を持つDNAナノスターのDNA液滴間では融合が起こらない。

(9) 液-液相分離:
溶液中の高分子や分子群が互いに相互作用しあうことで、溶液が混和しやすい相と混和しにくい相に分かれ、流動性を持った液滴状の集合体を形成する現象を指す。


論文情報

掲載誌:JACS Au
論文タイトル:Molecular Crowding Stabilizes DNA Coacervate Droplets and Generates Self-Organized Characteristic Patterns
著者:Naoki C. Yoshida, Mayu Shono, Kenichi Yoshikawa, and Masahiro Takinoue
DOI:10.1021/jacsau.6c00746


研究者プロフィール

瀧ノ上 正浩(タキノウエ マサヒロ) Masahiro Takinoue
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
同 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:生物物理学、分子コンピューティング、DNAナノテクノロジー、エンジニアリングバイオロジー

吉田 直樹(ヨシダ ナオキ) Naoki C. Yoshida
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 大学院生(研究当時)
研究分野:生物物理学、DNAナノテクノロジー

庄野 真由(ショウノ マユ) Mayu Shono
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士研究員
研究分野:ソフトマター物理学、生物物理学

吉川 研一(ヨシカワ ケンイチ) Kenichi Yoshikawa
同志社大学 生命医科学部 客員教授
研究分野:非線形非平衡物理学、ソフトマター物理学、生物物理学


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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