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2026.09.28
【研究成果】江戸時代の儒学者 荻生徂徠に関する新出資料の発見 ──「大儒学者 荻生徂徠の冒険―荻生家史料寄贈記念―」展で公開──
2026年9月28日
東京大学
発表のポイント
- 江戸時代を代表する儒学者である荻生徂徠(おぎゅう そらい、1666-1728)の新出資料が荻生家史料(徂徠の御子孫から寄贈された資料を中心とするコレクション)から発見されました。
- 新発見の資料は、徂徠が5代将軍徳川綱吉の後継者の決定に関与した可能性を示すなど、徂徠の生涯やその学問について新たな知見をもたらすものです。
- 新出資料は、東京大学駒場博物館で開催する「大儒学者 荻生徂徠の冒険―荻生家史料寄贈記念―」展及び東京大学デジタルアーカイブポータルで公開されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の高山大毅准教授らの研究グループは、荻生家史料の調査を進め、荻生徂徠(1666-1728)(注1)に関わる新出資料を発見しました。荻生徂徠は江戸時代を代表する儒学者で、様々な学問領域に足跡を残しました。2021年に徂徠の御子孫から東京大学駒場図書館(注2)に家伝の貴重資料が寄贈されました。荻生家史料はこの寄贈資料を中心とするコレクションです。今回見つかった資料は、初期徂徠の著述目録、新出の漢詩を含む稿本、徂徠が編纂した漢詩集『唐後詩』(とうこうし)の未刊部分の草稿などです。新出の漢詩には、5代将軍徳川綱吉の後継者が綱豊(後の6代将軍家宣)に定まる過程に徂徠が関与したことを示唆する詩が含まれています。これらは、徂徠の生涯やその学問に関して新たな知見をもたらすものであり、江戸時代の学芸を研究する上で第一級の資料です。新出資料は東京大学駒場博物館で開催する「大儒学者 荻生徂徠の冒険―荻生家史料寄贈記念―」展(2026年10月3日(土)~11月29日(日))及び東京大学デジタルアーカイブポータルで公開されます。
発表内容
荻生徂徠(おぎゅう そらい、1666-1728)は江戸時代を代表する儒学者で、徂徠学と称される独自の学問体系を作り上げたことで著名です。徂徠の学問は、儒学だけでなく、当時の学芸の様々な領域に影響を与えており、近世日本の思想・文化の歴史において徂徠は非常に大きな存在です。2021年12月に徂徠の御子孫である荻生茂樹(おぎゅう しげき)氏・庄子妙子(しょうじ たえこ)氏から東京大学駒場図書館に、荻生家伝来の貴重資料が寄贈されました。荻生家史料はこの寄贈資料を中心とする荻生家旧蔵資料のコレクションです。東京大学大学院総合文化研究科の高山大毅准教授らの研究グループは、荻生家史料の整理・調査を進める過程で、荻生徂徠に関する新出の重要資料を複数発見しました。
「初期徂徠著述目録」(しょきそらいちょじゅつもくろく)(注3)は、正徳元年(1711)頃成立の徂徠の著作目録で、従来知られていなかった徂徠の著作名が多く載っています(図1)。著作自体は伝存していなくても、一連の著作名からこの時期の徂徠の学問上の関心をうかがうことができます。また、主君柳沢吉保のために漢文の代筆をしていたことなど、徂徠が柳沢家の儒者として担っていた職務を明らかにできる点でも貴重な資料です。
「昔日稿・峡游行等」(せきじつこう・きょうゆうこうなど)は、新出の漢詩25首を含む稿本です(図2)。冒頭の「甲申冬有感」第一首は、「張良(漢王朝の功臣)の食客が、皇太子を談笑しながら定めた。歴史家が張良の功績であると見なしても、天下の民のためになるのならばそれを気にしたりしない」といった内容の詩です。題名にある「甲申」は宝永元年(1704)を指し、この年に徳川綱豊(後の6代将軍家宣、綱吉の兄である綱重の子)が徳川綱吉の世子に定まりました。柳沢吉保はこの決定に功績があったとして、12月に甲斐国に移封されています。この詩は、吉保を張良に、徂徠を食客になぞらえ、世子の決定に徂徠が関与したことを詠じていると解釈できます。徂徠の意見が世子決定に与えた影響が実際どれほどであったかは不明ですが、徂徠自身の認識として興味深いものです。
「唐後詩稿本」(とうこうしこうほん)は、徂徠が編纂した『唐後詩』(明代と日本の漢詩集)の稿本で、四冊から成ります(図3)。『唐後詩』は元文五年(1740)に一部が出版されましたが、全篇刊行には至りませんでした。稿本の第一冊と第四冊は刊行された『唐後詩』に対応する部分がありますが、第二冊と第三冊は未刊の七言律詩の部分に当たります。本資料によって、『唐後詩』の未刊行部分に関して徂徠がどのような構想を描いていたのかを知ることができます。
これらの資料以外にも、『九大家詩選抄』(きゅうたいかしせんしょう)・『三五中録』(さんごちゅうろく)の識語(注4)など、徂徠の新出の文章が見つかりました。これら新出資料は、東京大学駒場博物館で開催する「大儒学者 荻生徂徠の冒険―荻生家史料寄贈記念―」展及び東京大学デジタルアーカイブポータルで公開されます。
〇関連情報:
「大儒学者 荻生徂徠の冒険―荻生家史料寄贈記念―」展(東京大学駒場博物館)
https://museum.c.u-tokyo.ac.jp/2026.html#20261003
プレスリリース「荻生家所蔵の荻生徂徠関係資料、東京大学駒場図書館に寄贈」(2022年5月9日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00042.html
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科
高山 大毅 准教授
書誌情報
書名:『大儒学者 荻生徂徠の冒険―荻生家史料寄贈記念―』(展覧会図録)
著者名:高山 大毅・浅井 万優・丸井 貴史・山寺 美紀子
DOI:10.82337/1000030
研究助成
本研究は、JSPS科研費 基盤研究(B)「近世日本の学知と家伝史料:荻生家旧蔵史料と水戸徳川家旧蔵史料を中心に」(課題番号:23K25268)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)荻生徂徠(1666-1728)
江戸中期の儒学者。名は双松(なべまつ)、字は茂卿(もけい)、通称は惣右衛門(そうえもん)。徂徠は号で、中国風に物茂卿(ぶつ もけい)と称することもあった。徳川綱吉に仕えた医者の荻生方庵(おぎゅう ほうあん)の子であり、儒学を修め、柳沢吉保に登用された。当初は朱子学を信奉していたが、享保年間(1716-)に入ると朱子学を批判し、『弁道』(べんどう)・『弁名』(べんめい)・『論語徴』(ろんごちょう)などの著作を執筆し、徂徠学と称される学問体系を作り上げた。また、徳川吉宗の諮問に答えて『太平策』・『政談』といった政策提言の書を献上した。文学の領域においては、明代の李攀龍(り はんりょう)・王世貞(おう せいてい)を模範とする詩文を広めたことで知られる。
(注2)東京大学駒場図書館
東京大学駒場キャンパス(東京都目黒区駒場3-8-1)にある、東京大学の3つの拠点図書館(本郷キャンパスの総合図書館、駒場キャンパスの駒場図書館、柏キャンパスの柏図書館)の一つ(東京大学には他に27の部局図書館・室がある)。駒場図書館は、大学院総合文化研究科図書館を兼ね、前期課程の学生(1年生および2年生)が入学して最初に利用する図書館として、幅広い分野の図書と学習環境を備える。
(注3)「初期徂徠著述目録」
原資料には題名がなく、資料名は研究グループが名づけたものである。「昔日稿・峡游行等」・「唐後詩稿本」も同様である。
(注4)識語
書物の所蔵者が筆写の経緯やその書物に関わる情報を本に書き入れたもの。

