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2026.10.09
【研究成果】光とがん細胞特異性を融合した画期的な mRNAデリバリー技術を開発 ──がん細胞だけに効く光駆動型mRNA医薬品の実現へ期待──
2026年10月9日
東京大学大学院総合文化研究科
発表のポイント
- 光を当てたがん細胞だけで選択的にmRNAの機能を引き出す技術を開発しました。
- がん細胞では光照射によりタンパク質産生が80倍以上に増加しました。実験動物を用いた研究でも光照射部位での発現に成功しました。
- 副作用を抑えた次世代mRNA治療薬の開発に貢献することが期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の野本貴大准教授、登倉大貴博士(当時、大学院特別研究学生)、Xia Yiming大学院生らの研究グループは、光を当てた部位のがん細胞だけでmRNAを働かせることができる、光に反応する新しい高分子材料(光応答性高分子)を開発しました。
mRNA医薬品は、新型コロナウイルスワクチンをはじめとして急速に実用化が進んでいます。しかし、細胞に取り込まれたmRNAの大部分は、働く前に細胞内の小さな袋(エンドソーム、注1)に閉じ込められて分解されてしまいます。また、治療が必要な細胞だけでmRNAを働かせることも難しく、これらが大きな課題となっています。
本研究グループが開発した高分子は、がん細胞に選択的に取り込まれ、光を当てたときにだけエンドソームの膜を破ってmRNAを細胞内に送り出します。この材料を用いることで、がん細胞だけで、かつ光を当てた部位だけでmRNAを働かせることに世界で初めて成功しました。本成果は、副作用を抑えた次世代のmRNA治療薬の開発につながると期待されます。
発表内容
mRNA医薬は、タンパク質の設計図であるmRNAを細胞に届け、細胞自身にそのタンパク質を作らせる技術です。新型コロナウイルスワクチンとして実用化され、広く使われるようになりました。ただし、mRNAを運ぶ粒子(担体)は肝臓など目的外の臓器にも集まりやすく、意図しない部位でタンパク質が作られてしまう点が課題として指摘されています。さらに、細胞に取り込まれたmRNAの多くは、エンドソームと呼ばれる細胞内の小さな袋に閉じ込められたまま、細胞質に出られずに分解されてしまいます。mRNAが働くためには、この袋から脱出することが欠かせません。
光化学的内在化法(PCI、注2)は、この脱出を光で引き起こす技術です。光を当てた場所でのみ作用するという特長がありますが、従来用いられてきた光増感剤(注3)は、細胞の種類を問わずどの細胞にも取り込まれる小さな分子でした。そのため、光が当たった範囲の細胞はすべて同じように反応してしまい、細胞ごとに選り分けることはできませんでした。細胞を選り分ける機能は、これまで主に、運ばれる薬の側に持たせる形で研究されてきました。光増感剤そのものに細胞を選ばせるには、細胞表面の分子を見分ける性質と、細胞内でエンドソームの膜に集まる性質という、性格の異なる二つの性質を一つの分子に両立させる必要があり、設計は容易ではありませんでした。
研究グループは、フェニルボロン酸(注4)という分子がもつ、相手と結合したり離れたりできる性質に着目しました。フェニルボロン酸は、ジオールと呼ばれる構造をもつ分子と結合してボロン酸エステルを作りますが、この結合は酸性の環境では外れます。Poly(3-(acrylamido)phenylboronic acid)(フェニルボロン酸を多数並べた高分子)に光増感剤フェオホルバイドa(注5)を結びつけ、さらに側鎖のフェニルボロン酸にL-DOPA(注6)を結合させました。L-DOPAは、がん細胞で働きが強まっているアミノ酸の輸送体(トランスポーター、注7)に認識される分子です。
こうして設計した高分子は、置かれた環境に応じて次のように性質を変えます。細胞の外(中性)ではボロン酸エステルが保たれ、高分子は水になじみやすい性質(親水性)を示します。多数並んだL-DOPAがアミノ酸の輸送体と複数箇所で同時に結びつくため、がん細胞に優先的に取り込まれます。エンドソームの中(酸性)ではボロン酸エステルが外れてL-DOPAが離れ、高分子は水をはじく性質(疎水性)に変わります。この変化により、高分子はエンドソームの膜に集まります。そこに光を当てると、膜のすぐそばで反応性の高い活性酸素(一重項酸素、注8)が発生し、膜が壊れます。これにより、一緒に投与したmRNAの担体が細胞質へ放出されます(図1)。
培養細胞を用いた評価では、マウスの大腸がん細胞とヒトの子宮頸がん細胞において、光を当てることでタンパク質の産生量が80倍以上に増えました(図2)。一方、がん細胞ではないマウスの線維芽細胞(注9)では、同じ条件でもタンパク質の産生は認められませんでした。さらに、がん細胞と線維芽細胞を同じ培養皿で混ぜて育て、どちらも同じ濃度の高分子にさらされる条件でも確かめました。この条件でもがん細胞への取り込み量は明らかに多く、培養条件の違いではなく細胞そのものの性質に由来する選択性であることが示されました。マウスに腫瘍を移植したモデルでも、光を当てた場合にのみ、腫瘍組織でmRNAからのタンパク質産生が確認されました。
PCIは光を当てた範囲でのみ働く局所的な技術であり、これまで光線力学療法(注10)の対象とされてきた頭頸部、皮膚、肺、食道などのがんの治療で応用できると考えられます。本成果は、そうした治療の際に「どの細胞で働かせるか」という新たな制御の軸を加えるものです。光ファイバーを使えば、体の深部にも光を届けられます。たとえば中枢神経系で、特定の神経細胞やグリア細胞だけに神経栄養因子を作らせるなどの応用も期待されます。
なお、本研究における動物実験は、東京大学動物実験委員会の承認(承認番号:A2025AS014-01)のもと、学内の規程に従って実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科
野本 貴大 准教授
登倉 大貴 大学院特別研究生(当時)
Xia Yiming 大学院生
論文情報
雑誌名:Biomaterials Advances
題名:Polymer-Photosensitizer Conjugate Exerting pH-Responsive Hydrophilic-to-Hydrophobic Conversion for Cell-Specific Photochemical Internalization of mRNA
著者名:Daiki Tokura, Yiming Xia, Hanqing Jiang, Shota Tanaka, Miyu Terai, Satoshi Uchida, Yuto Honda, Yutaka Miura, Nobuhiro Nishiyama, Takahiro Nomoto*
DOI:10.1016/j.bioadv.2026.215233
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR215E)、日本医療研究開発機構(AMED)SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))UTOPIA若手研究者育成プログラム(JP223fa627001)、同Interstellar Initiative(JP23jm0610093h0001)、日本学術振興会 科研費(課題番号:JP25K02525、JP25K22571、JP22H02916、JP20K20196、JP18K18383、JP25KJ1259)、中谷財団、旭硝子財団、物質・デバイス領域共同研究拠点 共同研究プログラム(20263017、20253018、20243017)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)エンドソーム
細胞が外部から物質を取り込むときにできる、膜に包まれた小さな袋。取り込まれた物質の多くはこの中に留まり、やがて分解酵素を含む小器官と融合して分解されます。
(注2)光化学的内在化法(PCI)
光増感剤に光を当てて活性酸素を発生させ、エンドソームの膜を破ることで、中に閉じ込められた薬を細胞質へ放出させる技術。光を当てた場所でのみ作用します。
(注3)光増感剤
光を吸収してそのエネルギーを周囲の分子に受け渡し、活性酸素を発生させる物質。がん治療で用いられる光線力学療法にも使われています。
(注4)フェニルボロン酸
ホウ素を含む有機化合物。カテコールや糖などに見られるジオール構造と結合してボロン酸エステルを作りますが、この結合は酸性の環境では外れるため、環境に応じて性質を切り替える材料に利用されます。
(注5)フェオホルバイドa
クロロフィル(葉緑素)に由来する光増感剤。赤色の光を吸収して一重項酸素を発生させます。
(注6)L-DOPA
アミノ酸の一種であるチロシンから作られる物質。ジオール構造をもち、フェニルボロン酸と結合します。医薬品としてはパーキンソン病の治療にも用いられています。
(注7)アミノ酸トランスポーター
細胞膜にあり、アミノ酸を細胞内に取り込む輸送体。増殖が盛んながん細胞では、その働きが正常細胞より強まっていることが知られています。
(注8)一重項酸素
通常の酸素分子が光のエネルギーを受け取って生じる、反応性の高い酸素。近くにある脂質やタンパク質を酸化し、細胞膜を壊します。寿命が短いため、発生した場所のごく近傍にのみ作用します。
(注9)線維芽細胞
皮膚や臓器の結合組織に広く存在する、がん化していない正常な細胞。本研究では、がん細胞と比較するための対照として用いました。
(注10)光線力学療法
光増感剤を投与したうえで病変部に光を当て、発生した活性酸素でがん細胞を傷害する治療法。頭頸部、皮膚、肺、食道などのがんで臨床応用されています。

