HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報582号(2016年4月 1日)

教養学部報

第582号 外部公開

学問の扉を開こう東京大学を存分に活用する

総長 五神 真

582_01-01.jpg新入生の皆さん、東京大学への入学おめでとうございます。受験という緊張から解放され、新しい生活へと大いに胸を膨らませていることでしょう。東京大学の教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます。資質に恵まれた皆さんを東京大学の仲間としてここに迎え、共に活動できることを大変嬉しく思います。充実した学生生活を送り、自らを鍛えて大きく育つことを願っています。

皆さんの多くが合格を確認した前期日程試験合格発表の翌日、三月一一日は、東日本大震災から丸五年にあたります。今年の新入生の中にも、被災地出身の方あるいは知人や親戚が被災された方が多くおられるでしょう。中学生のときに震災を経験し、困難を乗り越え勉学に励まれたことに敬意を表します。私も昨年八月末に、岩手県の被災地を視察致しました。大規模な土木工事がすすめられている中で、元来の活力を取り戻すには、多くの知恵と忍耐が必要であると痛感しました。東京大学は震災以来、多くの教職員や学生がさまざまな復興支援の活動をおこなってきましたが、これからも活動を続けていきます。新入生の皆さんにも、復興支援の輪にぜひ積極的に加わって頂きたいと思います。

東京大学は一八七七年(明治一〇年)に創立され、今年、一三九周年を迎えます。昨年は第二次世界大戦終結から七〇年でした。つまり東京大学の歴史は、終戦をほぼ真ん中に挟んで前後約七〇年となります。創立当時の日本は、江戸時代の長い鎖国期を経て、西欧列強に伍した国となるために、急いで近代国家の形を創ることが必要でした。本郷キャンパスでは、草創期に力を尽くしてくれた外国人の先生方の銅像をあちこちに見ることができます。さらに、一八八六年、帝国大学令が公布され、工部大学校が東京大学に統合されて現在の東京大学の形がほぼ整いました。当時世界では、工業に必要な技能を大学ではなく技術専門学校で教えることが一般的でしたが、東京大学は「工学」を学問として位置づけ、世界初の試みとして総合大学に組み入れました。最先端の自然科学と連動させ、高度な技術を生みだしそれを社会に活用するという学問の形それ自体が、世界に先がけた先駆的なアイディアだったのです。例えば、工学部が整備した数学の教育システムは、高度な技術力と思考力を有する人材育成の重要な基礎となりました。日本が第二次世界大戦後の復興の中で、工業立国として世界屈指の経済力をもつことになったのは偶然ではなく、歴史的必然であったともいえるでしょう。

二〇世紀は科学の世紀と呼ばれ、科学技術の飛躍的な進歩を牽引力として、人類はかつてない大きな力を得て、その活動範囲は桁違いに拡大しました。特に交通手段や情報通信技術の進歩さらにはインターネットの普及によって、人々は国境を越えて日常的に交流を行えるようになりました。これらの技術革新によって、人々の暮らしの質は向上し、より豊かになったことは事実です。しかしその一方で、資源の枯渇、地球環境破壊、世界金融不安、地域間格差、宗教対立など地球規模の課題が顕在化しており、深刻さが増していると感じます。科学技術自体は課題を解決しません。それを活用し、解決に向かわせるのは人です。皆さんには、その大きな課題にひるまず積極的に取り組む人に育ってほしいのです。そのために、東京大学で知力をいっそう鍛え、人類社会に貢献するための力を培って頂きたいのです。

このような、知をもって人類社会に貢献する人材を私は「知のプロフェッショナル」と呼ぶことにしました。まず養ってほしいと思うのは三つの基礎力、すなわち「自ら新しい発想を生み出す力」、あきらめず「忍耐強く考え続ける力」、そして「自ら原理に立ち戻って考える力」です。

すでに存在する知識を吸収することとは異なり、これらの三つの基礎力を身に着けるためには、要領の良い方法というものは存在しません。意欲と意志をもって、かなりの時間にわたる努力の継続が必要になります。しかし、一歩足を前に踏みだせば、これはつらい作業ではなく、魅力的な楽しいことだと感じるはずです。皆さんはその扉、すなわち学問の扉をまさに今開こうとしているのです。魅力あふれる知の世界への皆さんの挑戦を私たちは全力で応援します。

さて、この三つの基礎力をもとに、知をもって人類社会に貢献するためには、なにが求められるのでしょうか。最近顕在化している地球規模の課題は、人類の活動の拡大によって、地球が相対的に小さくなったことに起因しているともいえます。いわば狭くなった地球で、人々が力を合わせて行動することが必要なのです。真のグローバル化とは、人々が、性別、年齢、言語、文化、宗教などの違いを乗り越え互いに尊重し合い地域や国境を超えて協働する「地球社会」の実現であるべきです。多様な他者を尊重しともに行動するためには、まず自分が何者かということを認識しなければなりません。他者を理解し、自分を知ることが大切になります。東京大学には世界から多様なバックグラウンドを持った人々が集まっています。学業だけでなく、学内外のさまざまな場を活用して、多様な人々と積極的に関わり、「自らを相対化できる広い視野」を獲得してください。

東京大学は、皆さんが「知のプロフェッショナル」となるための支援を全力でしたいと思っています。まず初年次ゼミナールでは、様々な分野の第一線で活躍する教員が、少人数のクラスで、自らの研究体験を踏まえながら、大学での学びについて語り、皆さんに学問の世界の醍醐味を伝えたいと思っています。自らが選択して異なる文化や価値観に触れて考える体験活動プログラム(Hands-on Ac­tivity)、国際的に活躍するリーダーになるためのプログラム(GEfIL※1)、一年間休学して自ら計画を作ってさまざまな体験活動に取り組むプログラム(FLY Pro­gram※2)なども用意しています。これらはいずれも皆さん自身が扉を開き、挑戦することを応援するものです。はじめから自分には無関係だと素通りしてしまわずに、東京大学の数多くのしくみを存分に活用してください。

最後になりますが、皆さんが「知のプロフェッショナル」となるためには心身の健康が第一です。まず毎日の朝ご飯をしっかり食べ、規則正しい生活をしてください。そして、上手下手にこだわらず、身体を動かし運動をする習慣を身につけましょう。駒場キャンパスの運動施設も一層充実させていく予定です。
皆さんがこの東京大学を存分に活用し、「知のプロフェッショナル」として大きく成長されることを願っています。健闘を祈ります。

(東京大学総長)

※1 GEfIL(Global Edu­ca­tion for Innovation and Leadership)
※2 FLY Program(Fresh­ers’ Leave Year Pro­gram)

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