HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報645号(2023年5月 8日)

教養学部報

第645号 外部公開

〈後期課程案内〉経済学部 経済学で社会を科学しよう

経済学研究科長・経済学部長 古沢泰治

https://www.e.u-tokyo.ac.jp/

 経済学はお金儲けの学問だと思っている人がいるようです。タクシーでは「株価は上がりますか?」と聞かれたり、以前勤めていた大学の工学部の先生に「経済の先生だからお金を稼いでるんでしょう?」と言われたりしたこともありました。しかし経済学は決してお金儲けの学問ではありません。人々が豊かな生活を送るための学問なのです。
 経済という呼び名は、中国古典の「経世済民」から来ているとも言われます。「経世済民」とは「世の中をおさめ民を救う」ということです。英語ではEconomicsですが、これは「節約」という意味のEconomyから来ています。直訳すれば「節約学」でしょうか。これではちょっと経済学が成そうとしていることを矮小化してしまう感じです。ただ、経済学での重要な考え方は、効率性であるのも事実です。限られた資源の下で人々が最大限豊かになるためには、無駄を省くのはとても重要です。また、それは環境保護にもつながります。経済活動を効率的に行うことにより、豊かな生活を人々に送ってもらい、資源の無駄遣いを省き地球環境を守っていくのです。
 私の知り合いに、ハーバード大学医学部の名誉教授の方がいました。彼がいつか「死因のトップは何か知っているか?」と聞いてきたことがありました。私は、「癌かな、それとも心臓疾患かな?」と考えたわけですが、彼は「失業だ」と言うのです。失業がきっかけで、路上生活を送るようになって亡くなる人もいれば、心身を病んで薬物に手を出した上で亡くなっていく人もいます。彼のその言葉を聞いてハッとしました。それまでは経済学が人の命を救う学問だと考えたことはありませんでしたが、その言葉を聞いた瞬間、自分が職業としている学問の社会的重要性に改めて気が付いたのです。
 しかし、私が皆さんに経済学に興味を持ってもらいたいのは、経済学が人々の命を救う「崇高」な学問だからということだけではなく、単純に面白いからです。経済活動とは、人々が生活していくために必要なモノやサービスを生み出し、それを世界中の人たちに届ける活動です。世界中の人たちが、モノやサービスの生産活動に従事し、そしてそれらを購入して消費します。経済は、非常に多くの人が関わるとても複雑なシステムです。しかも人々は、物理学で扱う分子のように決まった動きをしてくれません。経済学では、「人々に働くインセンティブを持たせるにはどうしたらよいか」といったミクロ的な問題から、中央銀行が大量の国債を政府から直接引き受けたら物価にどんな影響をもたらすかというマクロ的問題まで、幅広く扱います。そしてそれらの問題を数学的問題として考えるのです。私は経済学のそういう点に魅せられました。人々の行動を数学的に扱う面白さ、非常に複雑な経済活動を数学的に分析可能な水準まで簡単化して考えるという、経済学の手法に魅せられたのです。
 私の専門は国際経済学です。近年は、企業による部品の輸入や生産したモノを輸出する活動が複雑に絡み合ったグローバル・サプライ・チェーンについて研究しています。多くの国がさまざまな国から部品を輸入し、それらを使用して生産した製品を多数の国の企業や消費者に販売している状況は、とても複雑なシステムです。それを簡略化したモデルをつくり、データからモデル・パラメターを推計し、例えば貿易コストが十年前のままだったら今の世界経済はどんな様相を呈しているかといったことを分析し、最適な貿易政策を模索する研究をしています。重要なものは何かを見極め、それを分析する必要最小限、かつ現実を反映した経済モデルを自ら作り、それを分析しています。その作業は、あたかも、プラモデルの型を自ら設計し、型の完成後にプラモデルを組み立てていくようなものです。それが私にはとても楽しいことなのです。
 経済学は社会経済データとの対話を重視する学問でもあります。私は、経済理論を主に専門としていますが、近年はデータ分析から知見を得る実証経済学の重要性が以前にもなく高まっています。経済理論家としても、打ち立てた理論がデータを説明できるかどうかはとても重要なことです。そのため、経済学を勉強していく過程で、データ分析も学ぶことになります。経済学で学ぶデータの分析手法は、経済学だけでなく、社会学、政治学、そして工学などにも役立つでしょう。
 経済学部には、歴史的資料を分析する経済史の分野や、金融工学を学ぶファイナンス、より実践的な企業経営や会計を学ぶマネージメントといった分野もあります。社会経済に広く応用可能なゲーム理論を学びながら、マネージメントも学んだり、経済史を履修して歴史からさまざまな教訓を得るということもできます。皆さんには、是非経済学を満喫してもらいたいと思います。

(経済学部長/国際経済学)

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