教養学部報
第666号 ![]()
系統樹で調べる日本固有種の起源
池田 啓
日本列島の中部地方には「日本アルプス」と呼ばれる標高の高い山々の連なる山脈があります。ヨーロッパ・アルプスのような景観が見られることにちなんで、十九世紀にイギリス人によって付けられた名称です。日本アルプスとヨーロッパ・アルプスが類似した景観をもつ理由の一つには、高山植物が挙げられます。標高3000m近くの山から成る日本アルプスでは、山脈の上部に森林がほとんど発達しません。気温が低く、森林を構成する樹木が十分に成長できないためです。こうした森林の発達しない標高の高い場所は高山帯と呼ばれ、高山帯を中心に生育している植物が「高山植物」です。高山植物は、標高の高い山に生育することからも想像できるように、寒冷な環境を好む植物です。実際に日本列島の高山植物と同じ種や近縁な種が、日本よりも北方に位置するカムチャッカ半島やアリューシャン列島などのベーリング海周辺にも分布しています。こうした寒冷な地域に分布する植物が、現在よりも気候の寒冷な過去の氷河時代に日本列島まで分布を広げ、温暖な現在には、標高の高い山に遺存的に生育しています。
氷河期の遺存種として考えられる高山植物ですが、日本列島の高山帯には地球上で日本列島以外に見ることのできない「日本固有」の高山植物が豊富に見られます。日本列島には450種ほどの高山植物が生育していますが、その約半数が日本固有種です。日本列島に分布する約7000種の植物のうち、約40%が固有種であることを考えると、高山帯は日本列島の中でも固有種に富む地域であると言えます。こうした多様な固有種が日本の高山帯に見られることは、驚くべきことに今から百年以上も前から知られています。しかし、なぜ固有種が多いのかという疑問は、きちんと検証されていません。
この疑問を解決する最も簡単な方法は、系統樹を使って固有種の進化した道筋を明らかにすることです。系統樹を推定することで、固有種の近縁種が地球上のどこに分布しているのかという地理的な背景や、近縁種と固有種が何年前に別種となったかという歴史的な背景を知ることができます。このように説明すると、固有種の起源を探ることは、さほど難しいことではないと思われるかもしれませんが、実際には地球上の様々な地域に分布する近縁種を網羅して解析することは、容易ではありません。特に、日本列島の高山植物の場合には、シベリアや中央アジア、アラスカといった未開拓でアクセスが容易でない地域に分布する種に近縁であることも珍しくありません。そのため、系統樹を推定するための試料を入手すること自体に難しさがある場合もあります。
系統樹の推定にはこのような難しさもありますが、世界中の研究者の長年の研究によって、様々な生物の遺伝子の塩基配列に関する膨大なデータが蓄積されています。この情報を利用することで、地球の僻地まで自ら試料を採取しに行くことなしに、固有種の系統樹を推定することも可能です。私たちのグループでは、世界中に400種近くの種を有するアブラナ科イヌナズナ属Drabaについて、新たに入手した中部地方のみに生育する4種の高山植物(カブダチナズナ、キタダケナズナ、クモマナズナ、シロウマナズナ)を含めた系統樹を作成し、これらの固有高山植物の起源を明らかにしました。その結果、これらの種は単一の祖先種が日本列島で多様化したという予想に反し、ベーリング海周辺に分布する祖先種から起源したもの(図・クモマナズナ)と、中央アジア周辺に分布した祖先種から起源したものの(図・シロウマナズナなど)、少なくとも二つの異なる起源をもつことが明らかになりました。これにより、日本列島の高山植物に多様な固有種が見られる理由の一つには、複数の地域で独立に進化した植物が、日本列島へと進入した後に新たな種へと進化した可能性があることがわかりました。本研究は、イヌナズナ属と同様に進化した固有高山植物がいかに多く見られるのか、また固有種の進化を引き起こすにはどのような要因があるのか、といった新たに取り組む課題を提示することで、日本列島の生物多様性の成り立ちに関する理解を深める手がかりとなります。
図:イヌナズナ属日本固有種の簡略化した系統樹
(広域システム科学/生物)
〇関連情報
【研究成果】複数のルーツをもつことが日本列島に多様な固有高山植物を生むことを発見
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250515160000.html
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