教養学部報
第667号 ![]()
植物は「フロリゲンの通り道」を調整して花を咲かせる
阿部光知
四季の移ろいとともに咲く花は、私たちの生活に潤いと彩りを与えてくれる。一方、植物にとって花を咲かせることは、子孫を紡ぐための重要な生命現象である。したがって、生存競争に打ち勝つためにも、適切なタイミングで植物は花を咲かせる必要がある。日長や温度など周囲の環境情報を巧みに利用して季節を判断し、最適な時期に花を咲かせる精緻な仕組みを植物は身に付けているのである。
多くの読者は、「フロリゲン」という言葉を初めて目にしたに違いない。フロリゲンは、植物が環境依存的に花を咲かせる際に中心的な役割を果たすシグナル分子である。シロイヌナズナでは、FLOWERING LOCUS T(以下FTと表記)と名づけられた小さなタンパク質が、その分子実体である。FTは花を咲かせるのに適した環境の葉で作られ、通導組織を経由して茎の先端部(茎頂分裂組織)へと運ばれる。その後、茎頂分裂組織の内部へと細胞と細胞の間を輸送されたFTは、待ち受けるFDタンパク質とフロリゲン複合体(FT‐FD複合体)を形成し、花芽形成を開始する。作られる場所(葉)と機能する場所(茎頂分裂組織)の間を輸送されることは、一九三〇年代にフロリゲンの存在が予見されて以来、その特徴の一つに挙げられてきた。しかしながら、二〇〇五年にFTが分子実体であることが発見されて以降も、茎頂分裂組織内部へFTがどのように運ばれるのかという謎は未解明のままであった。
今回我々は、シロイヌナズナの茎頂分裂組織内部においてFTが輸送される様子を顕微鏡で観察することに成功した。その結果、FTは隣接細胞間をつなぐトンネル構造「原形質連絡」を介して細胞間を移動すること、さらに環境依存的に原形質連絡の透過性が変化することにより、FTの輸送が制御されることを新たに見出した。
原形質連絡の開口部にはカロースという多糖が蓄積しており、これまでにカロース蓄積量の増減によって原形質連絡の透過性が変化することが報告されている。そこで、我々は人為的にカロース蓄積を誘導し、その後のFTの細胞間輸送の変化を観察した。その結果、カロース蓄積の誘導によって、茎頂分裂組織内部へのFT輸送が抑制されることが明らかになった。このことは、茎頂分裂組織におけるフロリゲンの主要な輸送経路が原形質連絡であることを初めて実験的に示した成果である(図)。また、シロイヌナズナを低温環境下(普段は23℃で育てている植物を16℃で育てる)で生育させると、花を咲かせる時期は遅くなる。そこで、低温環境下におけるFTの輸送動態を観察したところ、茎頂分裂組織内部へのFT輸送が低下し、最終的に通常生育環境に比べてFT‐FD複合体の形成時期が遅れることが判明した。さらに、低温環境下に置かれた植物では、原形質連絡におけるカロースの蓄積量が増加していたことから、花が咲く時期に低温にさらされた植物は、フロリゲンの通り道を閉じることによって花を咲かせる時期を遅らせていると考えられる。

一連の結果は、原形質連絡を介したFTの細胞間輸送が周囲の環境によって左右されることを示している。これまでの研究では、生育環境の変化は葉でフロリゲンを産生する過程に影響するとされてきた。我々の発見は、産生過程だけでなくフロリゲンの輸送過程においても生育環境が影響を及ぼすことを示しており、フロリゲン機能制御における新たな制御階層を見出したと言える。
フロリゲン(FT)はシロイヌナズナに限らず多くの植物に存在しており、共通の仕組みを使って花を咲かせる時期をコントロールしている。実際、シロイヌナズナのFTによってリンゴやトマトの花を咲かせることも可能である。そのため、今回の成果は、農作物や花卉の開花・収穫時期を人為的に調整するための基盤となりうるものである。たとえば、気候変動の影響で開花が不安定になる作物でも、フロリゲン機能を利用して開花を調節し、安定した収穫につなげることが期待される。
自然の中で花が咲く美しい瞬間の裏側には、植物が環境と向き合いながら生み出した巧みな仕組みが隠されていることに改めて目を向けて欲しい。
(生命環境科学/生物)
〇関連情報
【研究成果】フロリゲンの通り道を制御する仕組みを発見──適切な環境下で花を咲かせる巧妙な仕組み──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250708040000.html
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