HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報667号(2025年11月 4日)

教養学部報

第667号 外部公開

日本植物学会奨励賞を受賞して

比嘉 毅

 この度、「細胞骨格動態観察を基盤とする植物細胞の生理および分化機構の研究」というテーマで、日本植物学会奨励賞を受賞いたしました。これまでにご指導いただいた先生方や共同研究者の皆様、お世話になった皆様にこの場をお借りして感謝を申し上げます。

 今回賞を賜ったのは、大きく分けて三つの研究テーマに基づいてのことでした。一つ目の研究テーマは、私が博士課程学生の際に取り組んでいた「核光定位運動」というものです。これは植物の葉の細胞核が強い光から逃れるように運動するという現象で、強光によるDNAの損傷を防ぐものとして注目されていました。私は核と葉緑体とが常にコンタクトしていることに気づき、核の運動とは実のところ、接した葉緑体の運動による受動的な局在変化であるということを示しました。ではその葉緑体はどのように動くのか、それが学位取得後から取り組んでいる二つ目のテーマ「葉緑体光定位運動」でした。

 葉緑体は弱い光に集まることで光合成効率を高め、逆に強い光から逃れることで自身の損傷を防ぎます。葉緑体光定位運動は広く注目され、光刺激の受容に植物特異的な青色光受容体フォトトロピンが働くこと、運動時には葉緑体上に形成される細かなアクチン(葉緑体アクチン)の繊維構造を用いることがすでに知られていました。しかしながら、その間を繋ぐ信号伝達のメカニズムや、アクチンを用いてどのように動力を発生するのか、といったことが未だ解明されておりません。私は信号伝達機構の手がかりを探るべく、顕微鏡下で細胞に光刺激を与える実験に複数取り組み、また動力発生機構の解明を目指して、超解像レベルの顕微鏡装置を用い、葉緑体アクチン動態の詳細な観察を実現しました。上記の問いについて未だ結論は出ていませんが、引き続き駒場で葉緑体運動研究に取り組んで参ります。

 三つ目の研究テーマは「道管細胞二次細胞壁パターン形成機構」についてのものでした。植物の道管は、根から吸い上げた水を地上部まで運ぶ重要な細胞で、その表面には特徴的なパターンを持った厚い二次細胞壁が沈着します。簡単にいうと細胞表面にドット模様や縞模様が見られます。例えば縞模様の細胞壁が形成されるためには、細胞表層を走る微小管という繊維が同じく縞状パターン(私の研究では微小管の寄り集まったバンド部と、微小管の排除されたギャップ部の繰り返しによる〝バンド・ギャップパターン〟としました)を形成する必要があります。私はこのバンド・ギャップパターン形成時において、微小管という繊維を壊す(脱重合を促す)タンパク質が、液滴状の構造を形成・蓄積することで、ギャップ領域からの微小管の排除を効率化することを突き止めました。

 私が九州大学で学位を取得した後、駒場で助教に着任するまでのポスドク期間は決して短い方ではなく、これまで所属研究室を変えながら上記のように複数の研究テーマを扱ってきました。そのどれもが魅力的なテーマでしたので、コツコツと楽しんで実験に取り組み、充実した研究生活となりました。しかしながら一つの研究テーマを屋台骨として業績を積み上げていないことは、ひいては気骨の無さのように捉えられないだろうか、というコンプレックスは常に頭の片隅にありました。私は○○の研究者である!と端的に言い表せない状況は、喉に刺さった小骨のようにもどかしく、この解消なくしては賞などとてもいただけないのでは、ともどこかで思っておりました。しかしながらそうした後ろ向きさ、奨励賞に臨むマインドを骨組みから変えていただいたのが、現在お世話になっている末次憲之博士、そして恩師である和田正三先生からのアドバイスでした。研究テーマは多岐にわたるものの、私は一貫してアクチン繊維や微小管といった細胞内を走る繊維状構造、いわゆる〝細胞骨格〟の配置や動きを顕微鏡でいかに詳細に捉えられるか、という点に骨を折ってきました。個々の「研究テーマ」ではなく、「研究のアプローチ」を背骨としてこの度の賞に臨み、ありがたい評価をいただけたものと考えています。

 今回賞をいただいた学会は、奇しくも私が博士課程を過ごし、上記の研究を開始した福岡県で開催されたものでした。久しぶりに博多の街を歩くと、当時、分野の基礎も身についていない、何処の馬の骨ともわからない私に向けられた、先生方や先輩方の暖かいアドバイスやサポートの数々が思い出され、そのありがたさが改めて骨身に染みるようでした。この度の受賞を励みに、顕微鏡観察を主なアプローチとした植物生理、特に葉緑体運動研究に骨を埋めるべく頑張っていこう。九州大学在学時の初心を取り戻すかのように、大会期間中に四杯の豚骨ラーメンをいただき、決意を新たにしました。

(生命環境科学/生物)

〇関連情報
【受賞】広域科学専攻生命環境科学系の比嘉毅助教が令和7年度の日本植物学会奨励賞を受賞
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/awardsandbook/20250508120000.html

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