HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報668号(2025年12月 1日)

教養学部報

第668号 外部公開

赤ちゃん銀河から吹き出す巨大なガスバブルの発見

日下部晴香

 銀河は星やガス、暗黒物質の集まった天体で、宇宙の基本的な構成要素といえます。最も身近な銀河は、私たちの暮らす太陽系のある天の川銀河でしょうか。宇宙の約百四十億年の歴史の中で、銀河がどのようにガスから星を形成して成長してきたのかは現代天文学の未解決問題となっています。特に形成初期の銀河の性質や成長の仕組みを解明することは、人間の一生で例えると赤ちゃんや子供の特徴や成長を解明することに相当し、重要です。銀河の成長の仕組みの中でも、銀河の星形成を抑制する超新星爆発によるガスの吹き飛ばしの効果は、成長の理解の鍵となります。本稿では、研究員のエドマンド・クリスティアン・ヘレンツ博士、大学院生のソウミル・マウリックさん(インドのThe Inter-University Centre for Astronomy and Astrophysics所属)と筆者の共同研究グループが、二〇二五年七月に発表した形成初期の銀河から吹き出す巨大バブルの観測について紹介します。

 銀河では、星の材料となるガスが冷えて収縮し、星形成が起こります。星の質量を増加させていくことが銀河の成長(銀河進化)です。形成した恒星の中でも、太陽の二十五~百倍の質量の大質量星は非常に寿命が短く、わずか三百万~五百万年しかありません。大質量星はやがてその中心核が崩壊し、「超新星」と呼ばれる大爆発を起こし、大量のガスと合成した元素を周囲の宇宙空間へとまき散らします。天の川銀河では、平均して五十年に一回ほどこのような超新星爆発が起こります。天の川銀河のような巨大で重たい銀河では、これらの爆発が銀河全体のガス分布に与える影響は限定的です。しかし、天の川銀河の二万分の一しか質量を持たないような小さな赤ちゃん銀河では事情が異なります。これほど軽い銀河では、超新星爆発から放出される高速ガスを引き止めるだけの重力がありません。そのため、ガスは「銀河風」によって銀河から宇宙空間へと吹き飛ばされてしまいます。この銀河風のガスを直接撮像することは非常に困難です。というのも、銀河風のガスは極めて淡く広がっているため、そのガスからの光は非常に暗く、たとえ大型望遠鏡を使っても簡単には検出できませんでした。

 そこで、筆者たちのグループは、形成初期の銀河の銀河風をとらえるために、激しく星形成をしている小さな銀河(矮小銀河J1044+0353)に着目しました。J1044+0353は地球から約一億七千万光年の距離に位置し、直径はわずか五千光年、つまり天の川銀河の大きさの二十分の一しかありません。図中央上部の黒い部分が、J1044+0353の星のある領域(銀河本体)を示しています。この銀河はいくつかの星団(星の集まり)から構成されており、それぞれが約百万個の星を含んでいることが知られています。筆者たちは、ヨーロッパの超大型望遠鏡に搭載されている広視野可視面分光装置MUSE(ミューズ)を用いて、J1044+0353の銀河風によって電離されたガスの存在を調べました。図の左はJ1044+0353をミューズで1・5時間ほど観測したデータを示したものです。J1044+0353の周囲の水素ガスが銀河風により電離してHa輝線(656・3nm)を放射しているところがとらえられています。この画像から、この小さな銀河の周囲には、七つもの巨大なバブル(泡構造)が広がっていることがわかりました。それぞれのバブルの直径は二万三千光年にもおよび、これは地球から天の川銀河中心のブラックホールまでの距離とほぼ同じです。いくつかのバブルはすでに破裂したように見える一方で、他のバブルは今もなおくっきりとした形を保っています。このような矮小銀河のまわりに形成されたバブル構造は、これまでにも報告されてきましたが、今回発見されたバブルは、これまでに知られていたものの二~三倍もの大きさがあります。

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 過去に見つかってきた矮小銀河周辺のバブルは、複数の超新星爆発によってバブルが形成されるという従来のモデルで説明することができました。今回のJ1044+0353という銀河は過去約二千万年間に超新星爆発が約五万回発生したと見積もられています。しかし、バブルのサイズが非常に大きいため、従来の理論モデルでは今回観測された巨大な構造を再現することができませんでした。モデルから想定される以上に銀河から遠くまでガスが吹き飛ばされていたのです。

 このような激しく星を形成する矮小銀河の周囲に見られる銀河風の現象を理解することは、初期宇宙における銀河形成と進化を解明するうえで非常に重要です。なぜなら、J1044+0353のような銀河は、初期宇宙では一般的な存在だったからです。しかし、銀河風の仕組みを真に理解するためには、今回のような淡いガスの観測結果をもっと数多く集める必要があります。現在のところ、J1044+0353が特別な存在なのか、それとも同じような巨大バブルを吹き出す矮小銀河が他にも多数存在するのかは、わかっていません。この成果をもとに今後この分野のさらなる発展が期待されます。

(広域システム科学/宇宙地球)

〇関連情報
【研究成果】小さな銀河から吹き出す巨大バブルの発見 ──形成初期の銀河における超新星フィードバックの解明に向けて──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250723180000.html

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