教養学部報
第671号 ![]()
体内時計にもとづいて「休眠」に入る脳の仕組み
長谷部政治
私たちが住む地球は、自転によって24時間(1日)周期で昼と夜が移り変わります。このような1日周期の明暗環境変化に対応するために、地球上の多くの生物は体内で〝約〟24時間を刻む体内時計=概日時計を獲得しています。
この自転による1日周期の環境変化に加えて、地球は太陽の周りを公転しているため、1年周期で外部環境が劇的に変化します(季節の移り変わり)。 生物、特に昆虫は、冬などの厳しい環境の到来に合わせて、一時的に活動や発育を休止させる高度な「休眠」システムを獲得してきました。私たちヒトは、カレンダーを見ることで季節の移り変わりを予測できますが、多くの生物は1日の日長時間(日が出ている時間)の変化から季節変化を予測していると考えられています(〈注〉地球は約23・4度傾いているため、日長時間が公転に応じて変化)。それでは、生物はどのようにして日長時間の変化を正確に読み取り、適切に「休眠」状態へと移行しているのでしょうか?
今回私たちは、日が短くなる(短日)と生殖休眠に入る昆虫ホソヘリカメムシを研究モデルにして、概日時計を用いて日長変化に応じて「休眠」制御を行う脳内の仕組みを発見しました。
昆虫の脳内では、脳側方部(pars lateralis=PL)領域が休眠状態の制御に関与していることが報告されていたため、このPLに注目した解析を行いました。解析の結果、PLの大型神経細胞群は、生殖休眠の制御に関わる神経ペプチドを発現していることがわかりました。
続いて、これら神経ペプチド放出に関わるPL細胞の神経活動が、日長条件に応じてどのように切り替わっていくのかを観察しました。その結果、PL休眠制御細胞は、生殖休眠に入る短日下では活発な神経活動が見られるのに対し、生殖休眠から覚める長日下に移すと神経活動がサイレントになることを発見しました(図)。

これまでの長年の研究から、約24時間のリズムを刻む概日時計が、日長時間の測定に重要な役割を果たしていることが示唆されていました。動物においてこの概日時計は、主に「正」と「負」の制御因子にわかれる時計遺伝子によって構成されています。この「正」と「負」の制御因子間のフィードバックループ機構によって、約24時間のリズムが作られています(図)。そこで最後に、この時計遺伝子が、PL休眠制御細胞の日長条件に応じた活動変化に関与しているかを検証しました。「正」の制御因子CYCLEの遺伝子発現を抑制した所、活動性が本来サイレントになる長日条件でもPL神経細胞が高い活動性を示すようになり、ホソヘリカメムシは生殖休眠に入りました。一方、「負」の制御因子PERIODを抑制すると、今度は逆にPL神経細胞は短日下でも活動性がサイレントになり、生殖休眠に入らなくなりました。
今回の一連の研究により、概日時計を構成する「正」と「負」の制御因子の発現にもとづいて、日長変化に応じて休眠を誘導する脳内機構の一端が明らかになりました。
小さな体をもつ昆虫の脳は数ミリ程度であり、ヒトと比べると非常に微小な脳であると言えます。しかし、微小脳しかもたない昆虫ですが、「休眠」プログラムを発達させ、環境変化に驚くべきほど柔軟に適応し、地球上の生物種の半数を占めるほど繁栄しています。昆虫の微小脳の中に組み込まれた、精巧で神秘的な「休眠」プログラムのなぞをこれからも解き明かしていきたいと思います。
(生命環境科学/生物)
〇関連情報
【研究成果】体内時計をもとに「休眠」を誘導する脳内機構の発見 ──季節に応じて休眠状態への切り替えを行う神経細胞群──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20251126140000.html
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