HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報672号(2026年5月 7日)

教養学部報

第672号 外部公開

<本の棚> 秦邦生 著 『カズオ・イシグロ 記憶、孤独、そして「関係性」の方へ』

田尻芳樹

image672-2-1.jpg 二〇一七年にノーベル文学賞を受賞した日系英国人作家カズオ・イシグロは、昨秋、長編第一作『遠い山なみの光』を原作とする映画が日本でも封切られて一定の話題になった。二〇二四年十一月八日、彼の七十歳の誕生日には、長崎の彼の旧宅(現在は建て替えられ別人が所有)から記念イヴェントがテレビ中継され、日本カズオ・イシグロ研究会の正式発足が宣言された。そんな機運の中で出版された本書は、見た目はハンディなペーパーバックだが、これまでのイシグロ研究を総合して、さらに飛躍的に前進させる大著の趣がある。

 本書の最も目につく特徴は、文献渉猟の周到さだ。すでに相当数に及ぶイシグロに関する研究書や論文を網羅的に調査した上で、つねにそれらと対話しながら論を進めている。専門研究者だけでなく、書評家や哲学者の発言も幅広く拾われていて興味深い。これまた膨大な数があるイシグロのインタヴューも動画も含めて丁寧に紹介されている。イシグロは二〇一五年にテキサス大学にあるハリー・ランサム・センターに自分の作品の草稿やノート類を整理して売却したが、著者の秦氏はそこに二回調査に出かけ、その成果を本書に存分に活かしてもいる。(ちなみにイシグロの手書きメモは九割以上判読できるほど読みやすいし、構想ノートは執筆過程での試行錯誤が如実に伝わる大変興味深い資料である。)

 本書は長編八つをすべてじっくりと論じている。ここでは私が最高傑作だと思う『わたしを離さないで』(二〇〇五)に関する章を具体的に見てみよう。秦氏は、臓器提供を義務付けられるため若くして死ぬべき定めにあるクローン人間の悲哀を描いたこの小説のあらすじを丁寧に紹介した後、イシグロがどんな経緯でこの作品を構想したのかをインタヴューなどを基に考察する。そこでは、被爆地長崎出身の彼が、核兵器の問題とクローン人間の問題を重ね合わせていたというやや意外な事実が表面化する。(彼自身とクローン人間はそれぞれ原爆と臓器提供という、人生を中断させてしまう出来事を「知っているようで知らずに」育ったという共通性がある。)次いで秦氏は、この小説の設定がイギリスの福祉国家という夢の破綻を示唆する一方で、福祉国家が前提としていた家父長的家族制度の外部に新たな(「クィアな」)関係性を模索していると指摘する。さらに、クローンたちが学校で過剰に教え込まれる文学と芸術に関して、それが前提とする内部の魂を外部に表現するという図式が、単に精神の問題ではなく、身体の内部/外部の問題へと横滑りして人間とその外部の境界を不気味に揺るがせている有様を浮き彫りにする。最近盛んな情動理論を動員して、三人の主要登場人物の間にある嫉妬と羨望の力学が、クローンたちと「普通の人々」、さらには語り手と読者の関係にも及んでいることをじっくりと論証する部分が次に続く。(ここは、副題にある「関係性」に関する議論として本書中でも特に独創的な部分の一つである。)最後に、イシグロの読書ノートにも言及されている『オデュッセイア』とこの小説の主題論的関係を現代の哲学者マーティン・ヘグルンドを援用しながら語り、死すべき者の有限の生への痛切な思いを小説最後の場面に読み取る。

 このように概略を紹介しただけでも分かると思うが、秦氏の読みは非常に多角的で包括的である。先行研究、構想ノート、インタヴュー、批評理論などを総動員し、一つの作品がさまざまな角度から読めることを余すところなく論じ尽くそうとする。それがイシグロの八つの長編すべてについて行われているのだから、一般読者も研究者も多くの意外な事実や解釈の可能性を教えられ、ヴォリュームたっぷりのフルコースのディナーを八回連続で堪能するような贅沢を経験することになるだろう。(だから、一気に通読するよりも時間をかけてゆっくり読んだ方がいい。)巻末には長大な文献目録と親切な読書案内まで付いている。このように記念碑的なイシグロ研究書が現れてしまった今、これからイシグロについての本を書こうとする人たちは、この壁を乗り越えるのに一苦労するに違いない。

(言語情報科学/英語)

第672号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報