教養学部報
第672号 ![]()
〈後期課程案内〉 文学部 多様な世界に触れる
人文社会系研究科副研究科長 高橋典幸
皆さんは、文学部ではどのようなことを学ぶと考えているでしょうか。「『文学』とあるからには、文学作品を学ぶのだろう」と考えている方も少なくないのではないでしょうか。かくいう私も、高校生の頃は漠然とそのように考えていました。もちろん文学作品は文学部での重要な学びの対象です。ただ文学部では他にもさまざまなことを学びますので、右のような考えは不十分ということになりますが、実はなかなか鋭いところを衝いています。言うまでもなく文学作品は文字で書かれたテキストですが、この文字なるものが文学部での学びにとって重要なのです。私たち人間は太古の昔、独自の歩みを始めて以来、さまざまなものを生み出してきました。その最たるものがことばであり、そして文字です。すなわち人間はことばを文字で記し伝え、社会を営み、さまざまな文化を生み出してきました。文字には人間の営みや文化がつまっているわけです。文学部はこうした文字を通して人間そのものについて考える、学ぶ場ということになります。
このように考えると、実は人間について考えることができるものはすべて文学部での学びの手がかりになります。たとえば、文字としては伝わらない人々の生活の痕跡(遺物や遺跡など)も重要です。文学部の対象とする世界は実に幅広いのですが、人間の営みを象徴するキーワードが文字であり、それを対象とするのが文学部ということになります。
文学部には人文学科のもと、27の専修課程があります。大きく言えば、思想・哲学系、歴史・考古系、語学・文学系、行動・社会系の四つの分野に分けられますが、思想・哲学系をとってみても、哲学専修課程もあれば、中国思想文化学、インド哲学仏教学、倫理学の専修課程もあります。また中国やインドについては中国語中国文学、インド語インド文学専修課程もあります。同じ日本語を扱う研究分野でも、国語学と国文学という二つの研究室があります。文学部の専修課程は実に多様と言えますが、この多様性も文学部が大事にしていることです。先ほど文学部は人間について学ぶ場だと述べましたが、人間という存在こそ、私たち人間にとって実にわかりにくいものです。そのため、人間を理解するにはさまざまなアプローチが必要になります。私たちはどのようにものごとを考え、どのような活動をしてきたのか、私たちはどのようなことばを紡いで、あるいはどのような方法で他者と接しているのか─、こうしたさまざまな側面からアプローチすることが人間を理解するうえでぜひとも必要なのです。
文学部の多様性は、もう一つ、文字とも深い関わりがあります。文字は書きとめられることによって時代や空間を超えて伝わっていきます。文字さえ伝えられていれば、そしてそれを正確に読み取ることができれば、私たちは直接対話することができない数千年前の人々の息吹を感じ取り、また海や山を越えて数万キロも隔たった遠方の人々に思いを寄せることができるのです。すなわち現代の日本にいながらにして、多様な世界と接することができるのです。このことは私たち自身を広大な時空間に位置づけて相対化し、人間の普遍性と独自性を確認することにつながります。文学部が多様性を大事にするゆえんです。
もちろん個々の専門を超えた幅広い視野を持つことも必要です。そのために文学部では人文学科一学科制をとっており、分野横断的な学修・研究も促進しています。
環境問題や感染症、格差や分断、戦争など、現代社会はさまざまな課題に直面しています。これらの解決にはすべての学知を結集してあたらなければなりません。ともすると文学部での学びは現代社会の抱える問題には無力ではないかと言われることがありますが、けっしてそうではありません。たしかに文学部での学びはこれらの課題解決の「特効薬」にはならないかもしれません。しかし、すぐに役立つことは必ずしも問題の根本的な解決につながるわけではありません。むしろいまだかつて経験したことのない事態に対しては、より長期的な視野に立ち、なにより人間そのものに対する洞察に富んだ学知(人文知)に求められる役割は小さくありません。実際、科学技術の発展と人文知が協力する局面は増えています。たとえば医療技術の進歩は人の生死に関わる新たな倫理的な課題を呼び起こしています。文学部・人文社会系研究科ではこれに対応すべく、死生学・応用倫理センターを設けて分野横断的な研究・教育を進め、さらに死生学応用倫理専門分野を設置し、この分野を担う人材の育成に乗り出しています。またデジタル技術の進歩は文学部での学びにも新しい動きをもたらしています。文学部・人文社会系研究科では人文情報学部門を設け、人文学の分野でこの動きを先導する役割を果たしています。文学部に求められる役割とともに、文学部での学びも日々進化しているのです。
大学の門を叩いたばかりの皆さんの前には限りない可能性が広がっています。文学部や人文知の世界に触れて、人間や自分自身を見つめ直す視座を身につけ社会に羽ばたいていくことを期待しています。
(副研究科長/日本史学)
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