HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報672号(2026年5月 7日)

教養学部報

第672号 外部公開

<送る言葉> 「大学人」太田邦史先生を送る

鶴見太郎

 学内で近い関係になったのはわずか一年で、専門も離れた私がこの文章をしたためることになったのは、この期間が太田先生にとって、大学人としてきわめて印象深い時期に重なっていたからではないかと思う。

 太田先生の研究科長・学部長任期中、私は二〇一九年一〇月からの一年間、文系の研究科長補佐を務めた。先生の最初の印象は、各会議を短く効率的に終えることを旨とされていたことだった。もっとも、お人柄はいたって穏やかで、要点を掴んだうえでの理にかなった進め方だった。

 そのことがいかんなく発揮されたのが、世の中が急に新型コロナウイルスで持ち切りになっていった二〇二〇年三月以降の展開だった。新年度の開始繰り下げを決めたいくつかの大学をしり目に、先生はコロナ禍がさらに続くことを見通し、授業を全面オンライン化することを早期に想定された。キャンパスの感染対策やその指針の策定も先生の発案で敏速に進んでいった。

 一連の施策のなかで先生は常に学生の視点に立ち、「誰一人取り残さない」という原則を強調された。パソコン・ネット環境がおぼつかない学生や新入生が孤独になること想定し、オンラインでは見えない部分のケア体制を事務部の方々と連携しながら構築していった。協力的な学生の姿に先生は感動されていた。

 三月から四月にかけて、先生のほうでは予算関連の繁忙期が重なり、しかもさらなる災難も被弾された。研究科長室を長年支えてこられた秘書の方がやむをえぬ事情で三月末で退職され、後任を公募することになった。ところが、本学が当該職に定める給与水準が相場より低かったために応募がなく、仕方なく派遣会社を通して来ていただくもミスマッチがあり、「まるで私のほうが秘書みたいです(苦笑)」と吐露される状況だった。それでも、先生はいつもの穏やかな姿のままだった。

 研究科長室全体としてピリピリした雰囲気がなかったことで、新たな事態に対して率直に皆が意見を出し合い、建設的に議論が進み、それが実装化されていった。それは、先生の合理性を皆が信頼していたからでもあった。例えば、あるオンライン定期試験の最中に不備が発生したときのこと。オンライン試験に疲弊していた学生のことなど様々な状況を鑑みて再試験は不要であると執拗に進言した私に対し、先生は定期試験の信頼性を守る当然のお立場から再試験を主張され、「私を説得するのは簡単ではありませんよ」と釘を刺された。しかし、担当教員と再協議し、試験の信頼性を損ねないという原則を堅持したうえで再試験を回避する第三の案を呈示したところ、あっさりとそれを認めてくださったのである。太田先生なら理屈が通っていればご自身の前言に固執されることはないはずとの確信があったからこそ、私は先生に挑むことを躊躇しなかったのである。

 一年後、グルメな先生は新旧補佐四名との慰労会を開催してくださった(先生のおごりで!)。美味な日本酒があることを知った。その帰りの地下鉄で、「ともに闘った戦友のようですね」とおっしゃってくださったことが私は嬉しかった。大変だったはずのコロナ禍の補佐業務は、不思議と爽やかな思い出として残っている。

(地域文化研究/国際関係)
2026年3月5日ウェブサイト掲載

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