HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報673号(2026年6月 1日)

教養学部報

第673号 外部公開

硬さのむらがつくる結晶表面のしわ模様

光元亨汰

 内部に微細な孔を多数持つ材料のことを多孔性材料と呼ぶ。スポンジや活性炭を思い浮かべればわかるように、孔の内部に水やガス分子などを吸着させることができ、ガスの貯蔵・分離や触媒、センサーなど、幅広い応用を有している。特に近年では、温室効果ガスであるCO2を効率的に分離したり、クリーン燃料である水素を貯蔵したりする多孔性材料の開発が行われており、SDGsの目標達成に向けてこの傾向はますます強まることが予想される。その中で近年、注目を集めている多孔性材料として、二〇二五年ノーベル化学賞の授賞理由ともなった金属有機構造体(MOF)がある(多孔性配位高分子=PCPとも呼ばれる)。MOFは金属イオンと有機分子が配位結合することによって形成される化合物である。金属イオンと有機分子の組み合わせを変えることで、結晶の柔らかさや細孔の大きさなどをさまざまに変化させるといった、デザイン性の豊かさを持つ。中には、分子を取り込むことで孔の大きさが膨張・収縮し、結晶の硬さが変化するという特徴を示すものも合成されている。このようなMOFでは、周囲のガス圧をある程度大きくしてもあまり分子を吸着しないが、ある圧力に達した時に、突然ゲートが開いたかのように結晶構造が変化し、吸着を起こす。物理学の言葉で言えば、「一次相転移的な分子吸着」を示すということである。これは、従来の多孔性材料とは異なる分子吸着特性である。この吸着特性を活かした材料開発が精力的に進められる一方で、なぜ従来と異なる吸着特性を示すのか、吸着過程はどのような物理法則に支配されているのかといった理解は未だ不十分である。そこで我々は、統計物理学とソフトマター物理学という二つの物理学分野の視点からその理解を試みている。

 吸着によって結晶の大きさや硬さが変化するということは、吸着と弾性が同じエネルギースケールを持つことを意味する。そこで我々は、吸着による⑴細孔の大きさの変化、⑵硬さの変化という二つの微視的な効果のみを取り入れたモデルを考案した。各細孔は分子を一つだけ吸着することができ、吸着するとその細孔の大きさと弾性が変わるという非常に単純な模型である。これによって十分大きなシステムでの数値シミュレーションを行うことが可能となる。我々は、これまでの研究により、この模型が「一次相転移的な分子吸着」を再現することを見出している。また、これが硬さの「むら」、すなわち不均一性に由来した、吸着分子間の有効的な相互作用によって引き起こされることなども明らかにしてきた。今回はその吸着過程の動力学的な性質の理解を試みる。特に、結晶表面から吸着分子が取り込まれていく集団的挙動が、どのような物理法則に支配されているかを明らかにすることを目標とした。

 本研究では、分子が全く吸着していない状態から、急激にガス圧を大きくするシミュレーションを行うことで、表面からの分子吸着過程を観測した。すると、結晶の表面では、吸着分子の密度が高く硬い領域と、低く柔らかい領域とが交互に現れることがわかった。これは、硬さの「むら」によって生じる吸着分子間の有効相互作用に起因する。柔らかい領域は両側の硬い領域に挟まれて圧縮されることによって、表面に「しわ」が形成されることがわかった。時間が経つにつれて分子の吸着が進んでいくと、硬い領域の大きさは次第に成長していき、「しわ」の間隔も広がっていく(図参照)。この過程において、吸着の進行度、硬い領域の大きさ、「しわ」の間隔、吸着分子の分布の粗さなどが、時間に対して冪乗則的に変化することを見出した。これは動的スケーリング則と呼ばれる現象である。我々は冪指数間の相互関係を詳細に調べることで、この動的スケーリング則が、異常動的スケーリング則に分類されることを発見した。また、これまでに知られている異常動的スケーリング則とは異なる性質を持つことも見出された。このことから、本研究は、硬さの不均一性が生み出す新しい物理法則の存在を示すものと言える。

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 本研究は、センシング材料等の開発にも重要な示唆を与えるものであると期待している。吸着領域の大きさが、表面の「しわ」という力学的な変形と結びついており、その時間変化が予測できることが示された。これは、表面の変形を知ることで吸着量を推定することができる可能性を意味する。本成果を応用することで、高感度かつ高機能なガスセンサーの開発へとつながることを期待している。また、「しわ」の形成はゲル等の他材料でも観測される普遍的な現象である。本成果によって発見された新たなメカニズムが、その他どのような系において観測されるかは興味深い。

(相関基礎科学/物理)

〇関連情報
【研究成果】硬さのむらがつくる結晶表面のしわ模様 ──柔らかな多孔性結晶にて生じる新奇な異常動的スケーリング則──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20260202190000.html

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