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教養学部報

第675号 外部公開

令和8年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(若手科学者賞)の受賞をうけて

高木隆司

 このたび、「量子情報処理における量子リソースの理論研究」により、上記の賞をいただきました。身に余る光栄であると同時に、共同研究者やメンターの方々、両親をはじめ、折々に支えてくださった多くの方々のお力によって得られた賞であると感じています。この場を借りて、心より御礼申し上げます。

 私が研究している量子情報科学の最大の特徴は、量子力学と情報科学が相補的に洞察を与え合い、それぞれの分野が新しい発展を遂げていく点にあります。例えば、量子力学的な性質を用いて計算や通信を効率的に実行する研究は、量子力学が情報科学に洞察を与えるものです。一方、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」に代表される量子的特徴を定量的に記述するには、情報理論の考え方が本質的です。今回の受賞対象の研究は、この「情報→量子」の観点から量子的特徴を記述する「量子リソース理論」を発展させるとともに、その枠組みを「量子→情報」の代表例である量子計算や通信へ応用し、従来の方法では得られなかった性能の原理的限界を明らかにしたものです。

 例えば、量子コンピュータが従来のコンピュータには難しい問題を高速に解ける可能性を持つのは、重ね合わせや量子もつれといった量子力学特有の性質を利用するためです。しかし、これらを深く理解するには、どの性質が、どの場面で、どれほど有用なのかを定量的に明らかにする必要があります。そこで重要になるのが「量子リソース」という考え方です。日常において時間、資金、知識などが目的を達成するための資源になるのと同様に、量子情報処理では、量子もつれや重ね合わせなどは、ある操作を可能にしたり性能を高めたりする資源と捉えられます。私の研究は、こうした量子リソースの価値を数学的に測り、その有用性と限界を明らかにすることを目指してきました。

 その一例が、光を用いた量子情報処理に必要な「非ガウシアン性」の研究です。光の量子状態のうち、比較的作りやすく制御しやすいものはガウシアン状態と呼ばれますが、それだけでは万能な量子計算を実現できず、より作ることが難しい非ガウシアン状態が必要です。そこで私は、情報処理上有用な非ガウシアン性を資源として定量化する理論を提案し、その量を実際に計算できる指標を導入しました。これにより、量子光学系における「できることとできないこと」を数学的に解析できるようになりました。

 一方、この例も含めて、従来の研究では、量子もつれ、重ね合わせ、熱力学的な非平衡性など、それぞれの量子リソースが別個に研究されていました。それを受けて私は、個々の例を超えて、異なる量子リソースにも共通する普遍的な構造があるのではないかと考えました。その結果、リソースを持つ量子状態は、量子的な過程を見分けるタスクにおいて必ず優位性を持ち、その大きさをリソース量によって正確に表せることを示すことができました。これは「量子性は具体的に何の役に立つのか」という問いに広く共通する答えを与え、一般の量子リソースを記述する「一般リソース理論」の発展につながりました。

 また、量子リソースの解析を応用して、量子コンピュータのノイズを軽減する「量子誤り抑制」の限界に関する研究も行いました。量子状態は環境の影響を受けやすく、計算結果には誤差が生じます。量子誤り抑制は、同じ計算を何度も行い、得られたデータを処理してノイズのない結果を推定する方法です。小規模な量子コンピュータでも使えるため期待されてきましたが、計算が大きくなるにつれて必要な実験回数が急増するという問題がありました。私は、この問題は量子誤り抑制に一般的に付随する、原理的に避けられない普遍的な性質であることを、「量子状態の識別性」を資源と捉えることで証明しました。これは一見悲観的な結論ですが、誤り抑制をどこまで使い、いつ本格的な量子誤り訂正へ移るべきかを判断する指針になります。

 近年の量子技術の目覚ましい進展により、「量子情報科学は役に立つ応用研究である」という期待が社会的に高まっています。もちろんそれは重要な視点ですが、新しい方法を提案するだけでなく、量子力学の原理に立ち返ることで「何ができないのか」を明らかにすることも同様に重要です。こうした知見は、限られた時間や実験資源をどこに注ぐべきかを示すだけでなく、「量子力学を情報理論の視点からより深く理解する」という基礎的な重要性を持つと考えています。駒場の自由で学際的、かつ独自性を尊重する雰囲気は、このような基礎研究に取り組む上で大きな支えとなっています。今後も研究に励み、駒場の良い研究環境づくりに私自身も貢献していきたいと思います。

(相関基礎科学/物理)

〇関連情報
【受賞】言語情報科学専攻の大関洋平准教授・広域科学専攻相関基礎科学系の髙木隆司准教授が令和8年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(若手科学者賞)を受賞 https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/awardsandbook/20250508120000.html

高木研究室 https://group.takagi-qi.com/

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