教養学部報
第675号 ![]()
葉緑体から核にどう伝わる
増田 建
植物の細胞内で光合成を行う葉緑体は、もともと光合成を行う細菌であるシアノバクテリアが細胞内共生したことで誕生したと考えられています。その証拠に、葉緑体には細菌と同様に環状の独自ゲノムDNAが存在し、遺伝子発現や光合成に関わる遺伝子をコードしています。しかし共生の過程で、シアノバクテリアが持っていた遺伝子の多くは宿主細胞の核へ移動、または消失したと考えられています。実際、葉緑体形成には二千種以上のタンパク質が必要ですが、葉緑体ゲノムの遺伝子は約二百個にすぎず、大半は核ゲノムにコードされています。そのため、機能的な葉緑体を作るには核と葉緑体の二つのゲノムが連動して働く必要があると考えられてきました。実際、薬剤で葉緑体の機能を損なわせると核の光合成遺伝子の発現が抑制されることから、葉緑体の状態を核へ伝えるシグナル、すなわち通常の情報の流れ(核→葉緑体)とは逆方向に伝わる「逆行性シグナル(レトログレードシグナル)」の存在が想定されています。
一九九一年、米ソーク研究所のジョアン・コリーらのグループは、薬剤処理をしても核の光合成遺伝子発現が抑制されない変異体を選抜し、核と葉緑体のゲノムが連動しないことから「genomes uncoupled(gun)」変異体と名付けました。その後の研究から、葉緑体で作られるヘムがシグナルとして働くとの仮説が提唱されました。しかしこの仮説の実証には大きな問題がありました。gun変異体では、ヘムを分解する酵素であるヘムオキシゲナーゼ(HO)や、次段階のフィトクロモビリン(PΦB)合成酵素の活性が損なわれてヘムが蓄積し、これが核の光合成遺伝子発現を高めると考えられます。一方、植物の光受容体フィトクロムはヘム由来のPΦBを結合して機能しますが、gun変異体ではPΦBが作られず、機能的なフィトクロムも構築されません。フィトクロムは光シグナルを受けて光合成遺伝子を含む遺伝子の発現を制御することが知られているため、gun変異体で見られる遺伝子発現の変化が「蓄積したヘム」によるものか「フィトクロムの機能不全」によるものか、長い間決着がついていませんでした。
私たちは、転写開始点の制御によって植物のHOが細胞質でも働くことを見出しました。さらに、ヘムの異なる位置を切断する細菌由来のHOをgun変異体に導入することを考えました。通常のHOはヘムのα位を切断してビリベルジンIXαを生じますが、病原性細菌の中にはβあるいはδ位を切断してビリベルジンβ/δを生じるHOがあります。これを導入すればヘムは分解されるものの、PΦB合成酵素はビリベルジンβ/δを基質として認識できずフィトクロムは機能しないままとなるため、二つのシグナル経路を分離して調べられると考えました。
実際にビリベルジンβ/δ生成型HOをgun変異体に導入すると、ヘム蓄積量は低下しつつも機能的なフィトクロムも形成されませんでした。それにもかかわらず、核の光合成遺伝子発現は抑制されました。これにより、葉緑体で作られるヘムがシグナルとして働くという仮説を実証できました。一方、遺伝子によっては機能的なフィトクロムの存在下でさらに強く抑制されるものもあり、ヘムシグナルとフィトクロムの相互作用も裏付けられました。またHOを葉緑体・細胞質のいずれで働かせても同様の効果が得られたことから、ヘムは葉緑体から細胞質を介して核へ伝達されることが示されました。これにより、長年不明であった葉緑体から核への逆行性シグナルの実態が明らかになりました。今後もその伝達機構の解明を進めていきたいと考えています。

(広域システム科学/生物)
〇関連情報
【研究成果】葉緑体から核へどう伝わる? ──植物の光合成遺伝子発現におけるヘムの重要性をバクテリアの酵素を用いて実証──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20260527140000.html
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