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最終更新日:2025.09.27

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トピックス 2025.08.26

【研究成果】21種類の転移RNAの試験管内同時全合成を達成 ──増殖するタンパク質合成システムの構築へ大きく前進──

2025年8月26日
東京大学
理化学研究所

発表のポイント

  • 生命の根幹的な特徴である自己増殖の能力を人工的に再現するには、タンパク質合成システム自体を試験管内で合成することが必要だが、今まで主要な成分である転移RNA(tRNA)の同時全合成ができていなかった。
  • 本研究では、tRNAアレイ法という新しい技術により、タンパク質合成に必須な21種類のtRNAを試験管内ですべて同時に合成し、そのままタンパク質合成に使うことに世界で初めて成功した。
  • この方法を使えば遺伝暗号表の改変も容易になり、自然界にない新しい機能を持つ人工タンパク質の開発にもつながる。

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21種類のtRNAのDNAからの同時全合成方法(tRNAアレイ法)

概要

 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の宮地亮多大学院生、市橋伯一教授(兼:同研究科附属先進科学研究機構/同大学生物普遍性連携研究機構)、理化学研究所生命機能科学研究センターの益田恵子研究員、清水義宏チームディレクターらは、生物の必須機能であるタンパク質合成に必須な21種類の転移RNA(tRNA、大腸菌由来)(注1)をすべて同時に合成し、そのままタンパク質合成に利用する方法の開発に成功しました。

 現在、私たちは医薬品や食料の生産を生物(細菌、酵母、動植物)に頼っています。しかし、生物は環境変化に影響されやすく、品種改良には時間がかかり、思い通りの制御が困難です。もし生物のように自分で自分を作る能力を持つ人工システムを構築できれば、工業製品のように精密に設計や制御可能で、環境に左右されない安定した生産システムが実現できます。

 自分で自分を作る、すなわち増殖する人工分子システムの開発には、タンパク質の合成システム自体をタンパク質の合成システムを使って試験管内で作り出すことが必要です。本研究グループはこれまでに世界に先駆けてタンパク質合成システムに必要な20種類の酵素(アミノアシルtRNA合成酵素)(注2)の持続的な再生産に成功しています。しかし、タンパク質の合成機構には他にも少なくとも21種類のtRNAが必要で、これが技術的な大きな壁となっていました。そこで本研究では、これら21種類のtRNAについて、すべてをタンパク質合成システム中でまとめて一気に合成する新しい方法(tRNAアレイ法)を開発しました。この方法を使えば、試験管内で1種類のDNAからtRNAを全種類合成し、そのままそのtRNAを使った翻訳反応を起こすことができるようになりました。

 この研究成果は、自己増殖能を持つ人工分子システムの実現に向けた重要な一歩となります。今後、このシステムにさらに必要な遺伝子を追加していくことで、将来的には生物よりも設計性や制御性の高い物質生産プラットフォームの開発につながることが期待されます。また、このtRNAの合成方法を使えば遺伝暗号表の改変もずっと容易になり、非天然アミノ酸を有する人工タンパク質やペプチドの開発にも貢献すると期待されます。

 本研究成果は、日本時間2025年8月26日18時に米国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。


発表内容

<研究の背景と経緯>
 自分で自分を作る能力、すなわち増殖する能力は生物と非生物を隔てる最大の特徴の一つです。人間はこの生物の能力を食料や医薬品などの有用物質の生産に利用しています。しかし、生物は人間にとって都合よくはできておらず、自由な設計や制御はできません。品種改良や遺伝子改変にも手間と時間がかかり、また必ずしも狙ったような生物改変はできません。もし、生物のように自律的に増える能力を持つ分子システムをゼロから作ることができれば、生物に頼らなくても有用物質生産を行うことができるようになります。このような人工システムは、必要な要素のみで構成され、全て既知の物質で作ることができるため、生物よりもはるかに設計や制御が容易になると期待されます。

 生物のように自分自身を作るためには、自身の設計図であるゲノムDNAから情報を読み取り、増殖に必要な全てのRNAとタンパク質を合成することが必要です。この遺伝情報の読み取り(転写・翻訳)は、多数のRNAやタンパク質を介した化学反応によって起きます。つまり持続的に増え続けるためには、転写・翻訳にかかわるRNAやタンパク質を試験管内で再生産する必要があります。発表者らはこれまでに世界に先駆けて20種類の翻訳タンパク質(アミノアシルtRNA合成酵素)の持続的な再生産に成功しました(本資料内「関連情報」参照)。

 しかし、翻訳にはタンパク質のほかにも転写RNA(tRNA)などのRNAも必要です。普通のタンパク質を合成するためには少なくとも21種類のtRNAが必要です。生体内ではtRNAはその両端(5'末端と3'末端)に不要なRNAをつけた状態で合成されたのち、多数の酵素の関わる多段階の切断(プロセシング)過程を経て完成しますが、こうした過程による全tRNAの試験管内合成は達成されておりませんでした。また、機能するtRNAの合成にこのような多段階のプロセシングが本当に必要なのかも明らかではありませんでした。

<研究の内容>
 本研究グループは、生体内よりも単純な仕組みを使い、試験管内で21種類のtRNAをすべて一度に合成する方法の開発を試みました。そのために解決すべき問題は2つありました。tRNAはRNA合成酵素によりDNAから合成されますが、通常、tRNAを構成する部分だけを合成することはできず、両端(5'と3'末端)に不要な部分が付いた形で合成されることになります。この不要な部分を切断しなければ、正しく機能するtRNAにはなりません。前述のように生体内ではこの切断は多数のRNA切断酵素を使った複雑な仕組みで行われていますが、発表者らはもっと簡単な方法をデザインしました。

 この方法ではRNase PというRNA切断酵素を1種類だけ使います。この酵素はもともとtRNAの5'末端の切断に使われている酵素で、tRNAの構造を認識し、5'末端に付加されている不要なRNAを切断します。重要なのは、このとき切断される不要なRNA部分はどのような配列でも構わないという点です。そこで発表者らは、この切断されるRNA部分を別の転写RNAにすることを考えました。つまりあるtRNAの3'末端を別のtRNAの5'末端に直接つなぎます。こうするとRNase Pの切断により、一つ目のtRNAの正しい3'末端と2つ目のtRNAの正しい5'末端を同時に作ることができます。このようにして多数のtRNAをつなげていけばほとんどのtRNAをRNase Pという1つの酵素で作ることができます(図1)。ただし列状に並んだ転写RNAの最末端である5'末端と3'末端だけは別の方法が必要です。5'末端については、RNA合成の開始部位がtRNAの開始配列と一致するtRNAを選ぶことで解決しました。3'末端については転写後に自発的に切り出される機能のあるリボザイム配列(HDVリボザイム)(注3)を使うことで解決しました。以上の方法ではtRNAを列状に並べるのでtRNAアレイ法と名付けました。

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図1:直接結合させた2種類のtRNAとRNase P、HDVリボザイムを用いたtRNAの合成法
2種類のtRNA遺伝子とHDVリボザイム遺伝子が直接結合した形でコードされた鋳型DNAから、2種のtRNAとHDVリボザイムがつながった非成熟tRNAが合成される。その後RNase PによりtRNAの間が切断され、HDVリボザイムによる自己切断により正しい末端を持った2つの成熟tRNAが合成される。

 発表者らはこの方法を用いて、21種類のtRNAを並べていきました。いくつかの並べ方を検討した結果、21種類のtRNAを5つのグループに分けた場合に最もtRNAの機能が高くなることを見出しました。またあるtRNAのグループ(プロリン、イソロイシン、グルタミン酸、アスパラギンに対するtRNAのグループ)では、その並び順も重要であることを見出しました。最終的に得られた5つのtRNAアレイを1種類のDNA上に配置しました。

このDNA(鋳型DNA)をtRNA以外のすべての翻訳因子の含まれた溶液に入れると、RNA合成酵素により5種類の非成熟tRNAが合成され、ついでHDVリボザイムの自己切断とRNase PによるtRNA間の切断が起こり、21種類の成熟tRNAが出来上がります。

 さらにその成熟tRNAによりレポーター遺伝子(注4)の翻訳反応が検出されました(図2A)。この時のレポーター活性は、個別に合成し精製したtRNAを混ぜた時と同程度の活性を示しました(図2B)。これはtRNAアレイ法により、十分な活性を持つtRNAが同時合成できたことを示しています。ただし、レポーター遺伝子(例えばgfpなど)によってはアレイ法では個別合成されたtRNAよりも活性が低くなることもわかっています。この点は今後改良していく必要があります。

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図2:直接結合させた21種類の同時全合成法(tRNAアレイ法)
A) 21種類のtRNA遺伝子を5グループに分けて列状に配置された鋳型DNAから5種類の非成熟tRNAが合成される。その後、RNase PによるtRNAの間の切断とHDVリボザイムの自己切断により正しい末端を持った21種類の成熟tRNAが合成される。以上の反応はtRNAを除いた大腸菌の再構成翻訳系で起こるため、合成された21種類の成熟tRNAはレポーター遺伝子の翻訳に使われてルシフェラーゼが発現する。
B) 21種類のtRNAを載せた鋳型DNAを入れた場合とあらかじめ個別精製されたtRNAを入れた場合で同程度のルシフェラーゼ活性が検出された。

 さらにこのtRNAアレイ法の応用として、この方法で合成したtRNAセットを用いた遺伝暗号の改変も行いました。遺伝暗号表は、DNA上の塩基配列(コドン)とそこから転写・翻訳されるタンパク質のアミノ酸配列を対応させるルールを決めているもので、すべての生物はほぼ同一の暗号表を使っています。この遺伝暗号表を変えてしまうと、ほぼすべてのタンパク質の配列が変わってしまうので、生物の場合はまず間違いなく致死になってしまいます。したがって、生物を使った場合、遺伝暗号表はわずかにしか改変することができません。一方で試験管内のシステムでは致死性を心配する必要はありませんので、自由に遺伝暗号表を変えることができます。上記のtRNAは必要最低限である21種類のtRNAしか使っていませんので、遺伝暗号表には多くの空きコドンがあり、ここには別のアミノ酸を当てはめることができます(図3の遺伝暗号表A)。そして、この新しいアミノ酸の当てはめは、適切なtRNAを追加するだけで簡単に行うことができます。

 本研究では、アレイ法で作った21種類のtRNAに1種類のtRNAを追加して、空いている場所(ACGコドン)にスレオニン(Thr)を当てはめた遺伝暗号表Bとロイシン(Leu)を当てはめた遺伝暗号表Cの2種類の遺伝暗号表を作ってみました(図3A)。そして、レポーター遺伝子であるルシフェラーゼ遺伝子のDNA配列を変えて、ロイシンを入れるべき部分を空いていたACGコドンに変更しました。このDNAを使った場合、空いたままの遺伝暗号表Aやスレオニンを当てはめた遺伝暗号表Bでは正しいルシフェラーゼタンパクができず、ルシフェラーゼ活性は大きく低下しますが、空いている場所にロイシンを当てはめた遺伝暗号表Cでは通常の高いルシフェラーゼ活性が出るはずです。結果は予想したとおり、ロイシンを当てはめたときにだけ活性の高いルシフェラーゼ活性が検出され、予想どおりの遺伝暗号改変ができたことを示しています(図3B)。

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図3:tRNAアレイ技術を使った遺伝暗号表の改変
A)21種類のtRNAのみでは遺伝暗号表Aとなる。ここにACGコドンを認識することのできるスレオニンtRNAを入れると空いているところにスレオニン(Thr)を入れた遺伝暗号表Bができる。同コドンにロイシンtRNAを入れると空いている場所にロイシン(Leu)を入れた遺伝暗号表Cとなる。これら3つの遺伝暗号表では、メッセンジャーRNA上のACGコドンをどのアミノ酸に対応させるかが変わる。遺伝暗号表Aを使うとACGコドンは読まれず、Bを使うとスレオニンとして読まれ、Cを使うとロイシンとして読まれる。
B)各遺伝暗号表でレポーター遺伝子としてルシフェラーゼタンパク質を翻訳したときの結果。ルシフェラーゼタンパク質中の本来ロイシンを入れる場所(本来CUGコドン)の一部をACGコドンに改変した変異ルシフェラーゼ遺伝子を使うと、遺伝暗号表Cを使ったときにのみ高い活性を持つルシフェラーゼを翻訳することができる。

<今後の展開>
 本研究で開発されたtRNA同時合成手法は、増殖する能力を持つ人工システムを構築する上での基盤技術となります。今後は、タンパク質合成にかかわる他の因子(リボソームや翻訳タンパク質群)の合成・再生産や、DNAの複製システムと統合することで、増殖する人工分子システムが達成されることが期待されます。

 このような自律的に増える分子システムができれば、現在、生物に頼っている医薬品開発や食料生産をこのシステムに置き換えることができます。生物の動作原理にはまだブラックボックスが多く残されているため、生物を使ったものづくりには常に制限が付きまといます。一方で人工的に構築した分子システムであれば、環境変動の影響を受けないため安定な供給が期待できます。さらに、必要な要素しか入っておらず、全て既知の物質で作ることができるため栄養価や機能性などを自由に設計することができます。将来的には、このような人工システムを使うことで、生物に頼らない、より高い制御性と安定性を持った持続可能な物質生産システムを目指していきます。

 またtRNAアレイ技術は遺伝暗号表の改変も容易にします。この技術を使えば、遺伝暗号表の空いている場所に天然で使われていないアミノ酸などを当てはめることが簡単にできるようになり、自然界にはない新しい機能を持った人工タンパク質の開発などにも応用できると期待されます。


関連情報

「【研究成果】20種類の翻訳因子を再生産しながらDNAを複製する人工分子システムを開発 ――自律的に増殖する人工細胞構築に活路を開く――」(2023/4/14)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20230414070000.html


発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
宮地 亮多 大学院生(博士課程)
市橋 伯一 教授 兼:同研究科附属先進科学研究機構 教授/同大学生物普遍性連携研究機構 教授

理化学研究所生命機能科学研究センター
益田 恵子 研究員
清水 義宏 チームディレクター


論文情報

雑誌名:Nature Communications
題名:Simultaneous in vitro expression of minimal 21 transfer RNAs by tRNA array method
著者名:Ryota Miyachi, Keiko Masuda, Yoshihiro Shimizu, Norikazu Ichihashi*
DOI:10.1038/s41467-025-62588-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-62588-y


研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)(課題番号:JPMJCR20S1)」および科学研究費助成事業(課題番号22H05402, 24H01111, 23KJ0815)の支援により実施されました。


用語説明

(注1) 転移RNA(トランスファーRNA、tRNA)
翻訳反応に必要なRNAの1種。tRNAのそれぞれが1種類のアミノ酸と結合し、リボソーム中のメッセンジャーRNA(mRNA)へアミノ酸を運ぶ。mRNA上の3連続塩基配列(コドン)に対応したtRNAが選ばれて、アミノ酸をつないでいくことでタンパク質が合成される。タンパク質の合成には、生物で主に使われる20種類のアミノ酸それぞれに対応したtRNAと、開始のための特別なtRNAの合計21種類のtRNAが必要だとされている。

(注2)アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)
翻訳系に含まれるタンパク質の一種。各tRNAの遺伝暗号に対応したアミノ酸を付加させる酵素。20種類のアミノ酸毎に対応した酵素が存在し、RNAを読み取り正確にタンパク質を合成するためには20種類全てのアミノアシルtRNA合成酵素が正確にtRNAにアミノ酸を付加する必要がある。

(注3) HDVリボザイム
 リボザイムとは酵素活性を持つRNAのことを示す。本研究ではhepatitis delta virus(HDV)に由来するリボザイムを用いている。このリボザイムは自身を構成するRNAを特定の場所で切断する活性がある。本研究ではこの活性を用いて正しいtRNAの3'末端を作っている。

(注4) レポーター遺伝子
 翻訳反応の有無を簡便に定量するために利用される遺伝子のこと。ここで用いているルシフェラーゼはホタルや深海エビに由来する発光タンパク質であり、その発光量を定量することにより、ルシフェラーゼタンパク質の翻訳量を定量することができる。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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