教養学部報
第672号 ![]()
スポーツにおける「気持ちの問題」について考える──こころ・身体・パフォーマンスの相互作用
工藤和俊
「気持ち(メンタル)の問題」という言葉は、スポーツの現場で広く用いられています。たとえば、優勝争いの場面でゴルフ選手が値千金のロングパットを決めたとき、「今のパットは気持ちでねじ込みましたね。ここまでくると、技術ではなく気持ちの勝負ですね」といった解説がしばしば聞かれます。また、試合で練習の成果を発揮できず不安になっている選手に対して、指導者が「気持ちを強く持て。ミスを気にするな」と声をかける場面も少なくありません。
気持ちが萎んでしまえばプレーを続けることは難しく、その意味で気持ちが大事であることは確かです。一方で、試合のパフォーマンスは、個人のスキル、疲労や体調、さらには対戦相手など複数の要因によって成り立っています。そのため、気持ちを変えようとしてもどうにもならない側面があることもまた事実です。
また、プレーの成否が「気持ち」に還元されてしまうと、選手としては大きな戸惑いを覚えます。仮に指導者から、プレーが失敗すれば「気持ちが足りなかった」、成功すれば「気持ちが足りていた」と説明されたとします。選手の立場からすると、そのときの気持ちを客観的に提示することができないので、反証することができません。よく考えてみると、先の説明は結果に依存した後付けのロジックになっています。このような説明は、どのような結果に対しても整合的に当てはめることができてしまいます。
さらに、気持ちを個人の責任や特性に帰してしまうことにも慎重であるべきです。気持ちは個人の内面だけで完結するものではなく、環境や過去の経験、他者との関係の中で形成されます。成功は自信を生み、失敗は不安を強めるように、気持ちは結果や環境の影響を受けながら動的に変化します。したがって、気持ちは独立した原因というより、むしろパフォーマンスや環境と密接に結びついた循環的なプロセスの一部として捉えられるべきです。そのように考えると、気持ちは原因と結果のいずれか一方ではなく、どちらにもなり得ます。環境やパフォーマンスが変われば気持ちが変わりますし、気持ちを変えたことがきっかけになって行動が変わり、パフォーマンスが変わることもあります。
最近の私たちの研究では、課題に対する意識づけが心理状態だけでなく身体反応や実際のパフォーマンスに影響を及ぼすことが示されました。実験では、予め指定された力量をすばやく発揮するという運動課題を用いました。発揮された力が、目標値の±10%以内に収まれば成功、外れれば失敗です。このとき二つの条件を設けました。まず、「連続成功」条件では、この課題を10回連続で成功させることを目標にし、達成時点で課題を終了とします。一方、「合計成功」条件では、合計100回の成功を目標とし、達成できたら終了とします。
すると、「連続成功」条件では、目標となる10回連続の成功に近づくにつれて心拍数が上昇していきました(図A)。特に、「あと1回成功すれば10回連続成功を達成する」というときには、「失敗したらまた1からやり直しになる」という心理的なプレッシャーが大きくなります。この局面では、連続成功していないときに比べて約20拍ほど心拍数が上昇しました。これらの結果は、目標が近づくと、プレッシャーとともに覚醒水準が上昇することを示しています。一方で「合計成功」条件では、連続成功が続いても心拍数はほとんど変化しませんでした(図B)。この条件では、連続成功の必要はありません。このときには、仮に9回連続で成功し、次に失敗したとしても大した影響はありません。淡々と成功を積み重ねていけば目標に到達することになります。

これらの結果は、同様の運動課題であっても、課題に対する意識の向け方が異なると、そのときに感じる心理的プレッシャーと心拍数が大きく変わることを示しています。一方で、課題終了に要した試行回数については、両条件間で統計的に有意な差は認められませんでした。さらに、「連続成功」条件では成功回数が増えるにつれて運動の正確性が向上していましたが、「合計成功」条件ではそのような傾向は認められませんでした(図C・D)。このように、運動目標の認知のしかたが変わると、運動を遂行する際の気持ちが変わり、さらにはパフォーマンスにも影響を及ぼすのです。
ここから見えてくるのは、ものごとの捉え方が、気持ち・身体・行動の循環プロセスに関与しているということです。試合や課題のような不確実な場面に向き合うとき、私たちはそこに不安を見出すこともあれば、希望を見出すこともあります。両者は、同じ状況の中に同時に存在しうるものです。循環するプロセスの中では、ふとしたきっかけにより気持ちが変わります。ものごとの見方を変えることで、不安の荒野にひっそりと咲く希望の花に気づくこともできるのではないでしょうか。
(生命環境科学/スポーツ・身体運動)
〇関連情報
【研究成果】「連続成功」への意識づけによって 心理的覚醒を大きく誘発する新手法を開発
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20251118140000.html
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